第30話 ヌヌンギさんの希望

 里長であるヌヌンギさんの熱烈な歓迎を受けた後。


 応接間的な場所に案内された僕は、ヌヌンギさんと向かい合わせで座っていた。


「改めてよろしく、里長のヌヌンギだ!」

「リベルです」


 味のある木製テーブルを挟み、握手を交わす僕とヌヌンギさん。


 こうして正面からよく見ると、やっぱり元々のイメージとは全く違う。


 長老というよりもマッチョおじさんって風貌だし、フレンドリーさが半端ない。


 まあ、変に気を遣わなくてよさそうだから、僕にとってはラッキーだけどね。


 ちなみにロロネアは座っておらず、僕が座る椅子の後ろ側に立っている。


 さらに、部屋の中にはもう1人、初めましての森霊族がいた。


 20代半ばほどの外見の、細身で筋肉質な男性だ。


 ロロネアとは真逆の位置――ヌヌンギさんの後方でじっとこちらを見据えている。


 ヌヌンギさんの歓迎的な雰囲気とは対照的に、この男性はなんか目つきが怖いんだよね。


 僕が客人として来ていることが不満なのか、明らかに歓迎している態度ではなかった。


「おっと、紹介が遅れたな! 後ろの彼はガガイア。リベル君が来ることを聞いたら自分も立ち会いたいと言ってきてな」

「……ガガイアだ。よろしく」


 ヌヌンギさんの紹介を受けたガガイアさんは、短い挨拶を口にする。


 里長が見ているからか少し態度は和らいだけど、その目つきはやっぱり刺々とげとげしい。


「部外者にはが、根は良い奴だから安心したまえ!」


 ヌヌンギさんは笑い飛ばすと、補足的にガガイアさんの立場を説明する。


 彼は精霊の里を代表する2つの戦闘部隊――右霊うれい隊と左霊されい隊のうち、左霊隊の隊長を務めているらしい。


 普段は里周りのモンスター狩り等を行って、里の安全に貢献しているそうだ。


「なるほど。そんな部隊があるんですね」

「ん? ロロネアから聞いていないのか? 彼女は右霊隊の隊長なのだが……」

「……えっ!?」


 ここに来てまさかの事実が発覚した。


 驚きながら後ろを向くと、ドヤ顔で鼻を伸ばすロロネアの姿が。


「ふふん、驚いたか?」

「うん、びっくりしたよ」


 それなりの立場だとは思ってたけど、予想以上にすごい立場だった。


 王国に当てはめて考えれば、2つある近衛騎士団の隊長クラスってことだよね。


「ただ、ロロネアめちゃめちゃ強かったし、隊長ってのも納得かな。レレノンさんも強かったけど、もしかして右霊隊のメンバーだったり……?」

「いや、レレノンは影霊えいれい隊の隊長だ」

「影霊隊……?」


 ロロネアの言葉に首を傾げると、ヌヌンギさんが答えてくれる。


「私直属の小規模な部隊だ。右霊隊、左霊隊は里周りの治安維持、戦闘がメインの役割だが、影霊隊は偵察等がメインになる」

「なるほど。文字通り、影の部隊って感じですか」

「左様! ちょうど今も森の調査に出ているぞ」

「そうなんですか?」


 たしかに、今日は里内でレレノンさんを見かけていない。


 ロロネアも彼女の名前を出さなかったけど、調査で里外に出てたのか。


「ここ最近、南東方面から来るモンスターの数が多くてな――」


 ヌヌンギさんは影霊隊の調査について話しはじめる。


 どうやらここ数週間、里の南東方面でモンスターの出現率が上がっているらしい。


 南東方面は禁域がある方角なので、念のため原因を探らせているようだ。


「“はぐれ”が出た可能性もあるからな! 滅多にないとはいえ、警戒はしていたほうがいい」

「はぐれ……とは何ですか?」

「禁域の奥地から出てきたモンスターのことだ。本来、禁域の浅い部分に出てくることはないのだが、極まれにそうしたことが起こる」

「なるほど……」


 はぐれという呼び方は初耳だけど、ルティアの授業で同じ内容を聞いた記憶がある。


 最後にそういうモンスターが出たのは、100年以上前のこととか言ってたような。


 その時は場所も別の国だったみたいだし、本当にレアなケースなんだろうね。


「と、すまんな。話が逸れてしまった。つい話し込んでしまうのが癖でね!」


 ハハハ! と笑いながらヌヌンギさんが頭を掻く。


「それでは本題に移ろうか! リベル君を呼んだのは私個人の興味もあるが、単にそれだけではなくてね。君さえよければ、ぜひお願いしたいと思っていることがあるのだよ!」

「はあ……お願いしたいこと、ですか」

「うむ! レレノンやロロネアから聞いたところ、リベル君は実に不思議な力を持っているそうだね? 普通の魔道具とは違う、一風変わった魔道具を作り出せるとか」

「魔遊具のことですね」

「そう、それだっ! 魔遊具の1つ、魔力を生み出すパネルだったか……私もラボで観察させてもらったが、非常に興味深いものだった! 理論系には疎い私でも、素晴らしい発明だということが分かったぞ!」

「はは、ありがとうございます。お願いしたいことというのはもしかして……」


 パネルの設置を頼みたいとか、それ系のお願いごとなのかな?


 そう思って口を開くと、ヌヌンギさんは首を横に振る。


「いや、あのパネルにも興味はあるのだが……本命は大きな遊具のほうだ。たしかジェット……ジェットなんとか……」

「ジェットスライダー?」

「それだっ!!!!!」


 ヌヌンギさんは身を乗り出す。


「あのジェットスライダー? は素晴らしい! 私も若い頃は里の外を旅していたことがあるが、あれに類するものは一度たりとも経験したことがなかったぞ! それにもう1つの遊具……魔ス……魔ス……」

「魔スレチック?」

「それだっ!!!!! あれも非常に素晴らしかった!!」

「それは光栄です……というかヌヌンギさん、ジェットパークで遊んだんですか?」


 里長が来てたとか知らないんだけど!?


 ロロネアのほうを振り返ると、彼女も知らなかったらしい。首を左右に振って口を開く。


「里長、いつの間に里外に出たのだ? 一応、里の長なのだからそう簡単に出られるものではないと思うが……」

「2日前にこっそりとレレノンに頼んでな。もちろん、精霊様には話しているぞ? ルール的には問題ない!」

「はあ……里長」


 ロロネアが呆れたように言う。


 なんというか、ヌヌンギさんはなかなかの自由人だね。


 後ろに控えるガガイアさんも眉間に皺を寄せている。


 原因を作った僕に対するヘイトが増してる気がするんだけど……


 じっとりとした視線を避けるように目を逸らしていると、ヌヌンギさんがコホン! と咳払いする。


「それで、だ! 私はかねてより、この里に新しい風を吹かせたいと考えていた。最近では他国の商品や文化も僅かながら入っているし、里にも新たな世代が生まれているからな。そんな中、リベル君の遊具は実際に遊んだ者達からの評判も良く、私自身すばらしい娯楽だと感じた! だからリベル君! 私はね、君の遊具をぜひうちの里内にも作ってもらえないかと思っているのだよ!」

「……なっ!!?」


 ヌヌンギさんの言葉にガガイアさんが目を見開く。


 かくいう僕も正直なところ驚いた。


 こうして中に入れただけでもすごいことだと思っていた精霊の里。


 そんな幻の里の中に、僕の遊具を置いてほしいと言われるなんて。

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