第29話 大霊樹と里長
ラボを出て歩くこと2~3分。
ロロネアからいろいろな里の話を聞いていると、周囲が少し薄暗くなった。
「あれ? 少し暗くなった?」
「大霊樹の圏内に入ったようだな」
「大霊樹の圏内?」
「上を見てみろ」
「上?」
言われて視線を上に向けると、さっきまで葉々の隙間に見えていた青空がない。
「空が見えないけど、もしかして……」
「うむ。大霊樹の枝がこの上まで伸びているのだ。暗くなったのはそのせいだな」
「えぇ……大霊樹ってめちゃくちゃ大きいんだね」
伸びた枝でそんなことになるなんて、とんでもないスケール感だ。
さっきのラボも相当大きいと感じたけど、ラボの霊樹が思えてくる。
さらに先に進んでいくと、そこら中に点在する青緑色の光が見えた。
「何もないと暗いからライトがあるんだね」
「うむ。精霊灯だな」
「精霊灯?」
「里内では呼ばれている。地下の魔脈から吸い上げた魔力を利用して、霊樹の先端を光らせているんだ」
「へえ」
少し変わった魔法のライトかと思ったんだけど違うっぽい。
間近まで進んで光を見てみると、たしかに霊樹の枝先が光っている。
木の枝が直接光るというのは精霊の里ならではだね。
それに、光の質もかなり不思議だ。
決して強烈な光ではないのに、満遍なく周囲を明かりで満たしている。
光が空気に染み込んでいる……と表現すればいいのかな?
普通のライトならもっと薄暗くなるはずだけど、不思議と昼間のような明るさがあり、なんとも神秘的な雰囲気だ。
「あと、精霊の数もぐっと増えたね」
「大霊樹が近付いているからな。これからもっと増えていくぞ」
精霊灯に気を取られてたけど、よく見ると精霊もめちゃめちゃいる。
しかも、種類も増えてるみたいだね。
すっかり見慣れた光の玉だけじゃなくて、極小の人型っぽいやつも飛んでいる。
その人型の精霊は僕達の気配に気付いたのか、次々とこちらに寄ってきた。
近くで見ると背中に羽が生えていて、まさに“光の妖精”という感じだ。
人間の来客が珍しいのか、精霊達は僕の体の周りをぐるぐると飛行する。
「すごいなリベル。そんなに精霊に気に入られるとは」
「これって気に入られてるの? 人間が珍しいだけじゃない?」
「いや、中には好奇心旺盛な精霊もいるが、大抵は知らない人間の魔力を避けるからな。それほど集まるということは、リベルの魔力に惹かれるものがあるのだろう」
「なるほど」
なんか精霊達に気に入られたっぽい。
たぶん……というか十中八九、【遊者】の魔力のせいだろうね。
◆ ◆ ◆
その後、さらにしばらく歩き続け、里の中心の広場に辿り着いた。
道中はロロネアの言葉通りに精霊の数が増えていき、中心の広場なんかはもはや精霊の楽園だ。
僕の周りを飛ぶ妖精型の精霊はもちろんのこと、羽のない小人型の精霊や小動物型の精霊等、多種多様な精霊達の姿がある。
世の中には精霊を専門に研究するような人もいるけど、彼らがここに来たら狂喜乱舞するだろうね。
あと、当然と言えば当然なんだけど、中心部辺りは森霊族の数も多い。
広場周りにはちょっとした商店や食事処なんかもあって、僕が想像していた厳かな雰囲気よりも賑わっている。
ほとんど外交がないのに商店……? と思い、ロロネアに訊いてみたところ、チェスターからほんの少しだけ商品を仕入れているらしい。
一部の先進的な森霊族達が好きでやっていることなので、ちょっとした行商レベルの取引みたいだけどね。
ちなみに食事処については、ほぼ100パーセント里の食料を使用しているそうだ。
来る時には通らなかったけど、里の一部は畑エリアとなっていて、豚や牛とかも少しだけ飼ってるみたいだよ。
なんとなく野菜しか食べないイメージがあったから、普通に肉も食べると聞いて意外だった。
里の外で討伐したモンスターも、種類によっては食肉用にしているらしい。
そして、そうしたこと以上に衝撃的だったのが、今目の前に聳え立っている大霊樹の存在感だ。
割と直前まで他の建物(霊樹)の陰になって見えなかったので、ふと道の先に現れた時は本当にびっくりした。
どれくらいデカいというと、もはやわけが分からないくらいにデカい。
ラボを見た時10本以上の霊樹を束ねた印象を受けたけど、大霊樹の場合はそれこそ1000本単位で束ねたような太さに見える。
高さもとにかく半端なくて、上を見上げればどこまでも枝と葉が続いている。
中心部の明るさを確保するため、枝のあちこちに精霊灯が点いており、それがまた大霊樹の神秘性に貢献していた。
「リベル、そろそろ行こうか」
「あ、オーケー」
大霊樹とそれを取り巻く精霊達、森霊族達の賑わいを眺めていると、ロロネアから声が掛かった。
広場の向こう側にはまた別の居住区があるらしく、里長の家はそちらにあるらしい。
背を向けたロロネアの後にそそくさと付いていく。
なお、さっきまで彼女の肩に乗っていたピピ丸は、広場に着く前にお別れ済みだ。
「ごめんごめん、じっくり眺めちゃったよ」
「構わんぞ。里外の者にとっては珍しい光景だろうからな。興味津々になるのも分かる。それに、リベルも注目を浴びているだろう? お互い様さ」
「はは、そうかな」
僕は笑いながら返す。
ロロネアが言ったように、実はこの僕も結構な注目を浴びてたり。
「おいおい、どうして広場に人間が――」
「ああ、たしか里長が会うとか言ってた――」
「精霊達が集まってるぞ。ありゃ一体――」
さっきからずっとそんな声が聞こえている。
里の中心に人間が来たことに加えて、精霊に好かれているのが注目の理由みたいだ。
今の僕の周り、妖精型の精霊以外にも小動物型の精霊達も集まってるんだよね。
精霊のパレードみたいになったらどうしようかと思ったけど、しばらく経つと離れてくれるので安心した。
もし離れてくれなかったら、今頃もっと大ごとになってただろうし。
「そろそろ里長の家に着くぞ。あそこに見える大きな家がそうだ」
「おお! さすが長の家」
ロロネアが指さした家は、普通の霊樹の家を2~3倍にした大きさがある。
家の前には門番らしき森霊族男性が立っていて、僕達が近づくと軽く頭を下げた。
「ロロネア様、そしてそちらはリベル殿ですね。お待ちしておりました」
「うむ」
頷いたロロネアに合わせて、僕も男性に会釈する。
フランクな感じだとは聞いてたけど、出迎えはちゃんとしてるね。
これから長に会うと考えると、なんだか急に緊張してきた。
ロロネアによれば、里長は男性とのこと。
森霊族の長で男性と聞いたら、なんとなく長老的な人を想像してしまう。
たとえ気さくな人なのだとしても、最初はなるべく丁寧に挨拶すべきだよね……
そんな思いに駆られつつ、立派な扉の奥に通された瞬間――
「リベル君っ!! よくぞ参ったっ!!!」
「……へ?」
「私が里長のヌヌンギだっ!!」
ガシッ! とこちらの手を握ってくる、筋骨隆々のゴツイ両手。
目の前に立っていた人物――里長は、想像の斜め上を行く元気いっぱいのオッサンだった。
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