第8話 モニターゲット

「……む! 何奴!」


 ジェットバイクで建設予定地に降りると、ビーコンの前の人物が振り返る。


 その人物は、恐ろしく美しい女性だった。


 腰まで伸ばした緑銀色の長髪と、透き通るような白磁の肌。


 民族衣装風のローブに身を包んでおり、背中には木製の大弓が覗いている。


 そして長髪の隙間から見えるのは、前世でいうエルフのような横長の耳。


 特徴的な緑銀の髪色と、人間とは異なる耳の形、つまり――


「……森霊族」

「貴様は……人間か?」

 

 森霊族の女性は警戒した様子で言う。


「なぜ人間がこんなところにいる? そもそもどうやって来た? ここら一帯は危険なモンスターがうろついているし、チェスターからも遠いはずだが――む、なんだそれは?」


 彼女の目線が僕の隣のジェットバイクに向く。


 僕は敵意がないことを示すため、なるべく朗らかに笑いながら口を開いた。


「ジェットバイク……簡単に言うと乗り物です」

「乗り物? 馬のようなものか?」

「うーん、まあそんな感じです。魔力を使って走ったり、空を飛ぶことができたりします」

「魔力を使って? そんなことが可能なのか?」

「はい。こんな感じで」


 僕はバイクに跨って敷地内を1周する。


 ついでに少しだけ空を飛んで戻ってくると、女性は口をポカンと口を開けていた。


「……な、なんだその乗り物は。魔道具の類なのか?」

「まあ、そうなりますね」

「むぅ……チェスターではそんな物が売っているのか?」

「チェスター? ああ、いや、僕はアミュズ王国の人間ですよ」


 チェスターというのは、魔法国家チェスターのことだろう。


 ここに来てルティアの授業が活きたね。


 それから僕は、レクシオン領から来たこと、バイクを自作したこと、この場所は空から見つけたこと等を話す。


 変に隠したところで怪しまれるし、バイクが他では売っていないのも調べれば簡単に分かることだ。


 また、あけすけに話すことで、彼女の信用を得ようという打算もあった。


「少年がこのバイクを……にわかには信じられんが……」

 

 女性は驚いた様子を見せつつも、一応納得してくれたらしい。


 話の分かる人みたいでよかった。


 なんとなく、森霊族は閉鎖的というイメージがあったけど、別にそんなことはないのかもしれない。


「ところで、あなたはどうしてここに? 見たところ森霊族みたいですけど……」

「うむ、精霊の里から来た」

「精霊の里ですか?」

「知らないのか? 森霊族の国の名前だ」

「ああ、いえ、知ってはいますけど……」


 精霊の里についても、ルティアの授業ですでに習っている。


 魔法国家チェスターの手前にあるという話だったけど……思った以上に森の奥まで進んでた?


「もしかして、ここって精霊の里の近くなんですか?」

「ああ、あっちのほうに川があるんだが、その川を越えたらすぐだぞ」

「Oh……」


 まじか。


 ジェットバイクで飛んでた時、たしかに川が見えてた気がする。


「すみません……危うく不法侵入するところでした」

「ん? ああ、それは心配ないぞ。部外者が精霊の里に入るには、精霊様の許可がいるからな」

「そうなんですか?」

「うむ。そもそもの話、見つけることがまずできない。幻術の結界でカモフラージュされてるからな」

「へぇ、そんな結界が……」

 

 森霊族の国については謎が多いので、ルティアの授業でも習っていなかった情報だ。


 なるほどと頷いていると、彼女が再び口を開く。


「そういえば、名乗るタイミングを逃していたな。私はロロネア。少年は?」

「リベルです」


 僕達は名乗りの後に握手を交わす。


 すると、ロロネアさんが「ところで」と横に視線を向けた。


「そこの妙な物体はなんだ? 強い魔力反応を感知したんだが……」


 彼女が指さしたのは、昨日設置したビーコン。


「ああ」


 僕はポンと手を叩く。


 ロロネアさんがこの場所にいたのは、ビーコンの魔力が原因か。


 純粋に魔力を発するだけの機構なので、そりゃ他の人にも感知できるよね。


「それはなんというか……目印みたいなものです。昨日この場所を見つけたんですけど、また迷わず来れるように作りました」

「なるほど、もしや周りにある柵も……?」

「あ、はい。それも僕が作ったやつですね。モンスターが入らないように」

「ふむ」

「なんかすみません、勝手に作っちゃって」

「いや、別に構わんが……何のために作ったんだ? 元々は何もなかったのだろう?」


 ロロネアさんは首を傾げる。


 うん、まあそうだよね。


 なんでわざわざこんな森の中に? って思うだろう。


 けど、どうしようかな。


 公園を作るつもりでしたって、正直に言って伝わるかどうか。


「ええとー、そのですね……公園って分かりますか?」

「公園? 庭園ではなくか?」

「公園ですね」


 ああ、やっぱり。


 この世界にはたぶん公園がないんだ。


 ちょっとした遊具くらいはあるかもだけど、いわゆる“公園”ってなるとね……


 少なくとも、レクシオンの街では見たことがなかった。


「その、公園とは何なのだ?」

「うーん、そうですね……簡単に言えば“遊ぶ場所”です。いろいろな遊具、遊ぶための設備を作ります」

「ふむ。よく分からんが面白そうだな」


 僕がざっくりと説明すると、ロロネアさんが口角を上げる。


 ピンとは来てないみたいだけど、興味は持ってくれたようだ。



「それでこれからその遊具? とやらを作るのか?」

「そうなりますね。どんな遊具にするかは決めてないですけど」


 公園の定番遊具といったらブランコや滑り台だけど、普通の遊具を作っても面白くないからね。


 せっかく【遊者】の力があるんだし、魔法を生かした遊具にしなきゃ。


「そうだ! もしよかったら、これから作る遊具を試してみませんか?」

「試す? 私がか?」

「はい。ぜひ意見を聞きたいので」


 要は遊具のモニターだ。


 ロロネアさんの意見をもらえれば、遊具の調整もやりやすい。


「ふむ、構わないが」

「ありがとうございます!」


 よしよし、貴重なモニターゲット。


「それではさっそく……」


 長々と待たせるのも悪いので、僕はさっそくクラフトを開始した。

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