コロナ禍に僻地配属された新卒

僻地ー牛

コロナ禍に僻地配属された新卒の話

3/30

「そうだ、twitterは消そう」

卒業式でそう決めた

あの時、就職せずYouTubeで食っていくつもりの同期に言われた「左遷」という言葉が頭から離れない

そりゃあ実質無職に左遷はないだろうよ

このリアアカは俺にとって毒になるじゃないだろうか、さよならツイッタランド


4/1

俺の名前は岡森 入中(おかもり いなか)

某県の青延(あおのべ)市配属に配属された新社会人だ

今日は会議室でオンライン入社式がある

独りで4時間

画面に映っているのは本社配属の同期達だ

「青延市配属 岡森」を見て「どこだよ、それ…」とでも思っているのかな

俺は見せ物古屋の猿じゃないぞ

会議室の灰色の壁には一人ぼっちのアシダカグモ(青延サイズ)が這い回っていた


4/1

部長の部屋に呼ばれて挨拶

「自分は隣県出身のよそ者」

「東京からの新人は今まで聞いたことがない」

「ここはベテラン揃い」(1個上の先輩の次に年が近いのは38歳らしい)

「君はまじめそうだからここに配属されたのだと思う。大変だけど頑張ってほしい」

特殊な場所だなぁと感じた


1個上の先輩に挨拶

第一印象は

「某超次元サッカーアニメの基山ヒ〇ト選手みたいな肌の色をしているな」と「真面目そう」って感じだった

(以下、1個上の先輩→基山先輩と呼ぶ)

新卒で配属されたら3年は青延に居るはずだから、2年前に配属された先輩がこの場に居ないのはなんでなんだろうかと思ったが、聞かなかった


4/5

青延人生で5指に入る失言だ

先輩「この近くの会社名を“いろは順”

に並べているから、電話受けたらすぐに出せるようにしてね」

自分「えぅっ!えっ!あっ…」

周囲の空気が重くなった

郷に入っても郷に従わない新人と思われた

(五十音順にして並べたほうがわかりやすいと思うのだが、言えなかった)

後から基山先輩に聞いたら「青延ルール」らしい

これが社会の“いろは”か


4/7

今日は見せ物小屋に独りで研修だ

人事部長が登壇

「私はこの研修で隣に座っていた同期と社内結婚して…(中略)皆さんも将来の結婚相手が隣にいるかもしれませんね!」と仰る

画面越しの同期がみんな笑っていた面白いジョーク🤣❗️


4/21

研修期間終了

同期の顔はしばらく見ないで済みそう

幸せだ

地元の公立中学校みたいな和式便所の掃除と、

地元の弁当屋さんにみんなの昼ご飯を注文(徒歩圏内に飲食店皆無)

本社配属の同期には経験できない貴重な仕事だ!!!

神様は乗り越えられない試練は与えない


4/26

2度目の失言

現地型雇用の社員から

「GWどこ行くの?」と聞かれ「東京に戻るつもりです」と言ってしまった

夕方に上司から「ほんとにGWは東京行くの?」と聞かれた。

やってしまった。

1日1人コロナ陽性者が出るかの町に住む人にとっては、コロナは未知

黙っていればよかった


4/29〜5/5

GW最終日、東シナ海に沈む夕日を見ながら

「今この海に飛び込んだら、親潮に乗って東京に戻れないかな」と考えていた


5/14

基山先輩と飲み

「自分の1個上の先輩は上司に“キツいこと”を言われ退職代行使って入社半年で辞めた」

基山先輩のこの発言を聞いて背筋が凍った

「だから、去年は若手一人で頑張っていた」

配属された新人は3年間青延なのに基山先輩の2個上は何故居なかったんだろ…

まさかその人も短期離職なんてことはないだろうな



6/1~6/30

神様は乗り越えられない試練は与えない

とても書けないのでご想像にお任せください


7/17

この環境にも慣れてきた

基山先輩の教育係は凄く仕事ができると評判だ

俺のその方の第一印象は「名乗りが長いな」だった

電話に出る時「社名+「某県青延」+部署名+苗字(これも長い)」で名乗るので

元と戦った時の九州の鎌倉武士かと思った

以下、「鎌倉武士さん」と呼ぶ


8/1

窓から川の向こうが見えたので

俺は“何も考えずに”「あっちに見える××町、景色が綺麗ですね」と言った


8/2

夏のオンライン研修が始まった

最初に各々の勤務地の自慢を言うことに

「青延川という立派な河川があり、その向こうには昔ながらの集落(××町)が見える」と言った

画面に映る同期にはオフィスの窓から“すかいつりぃ”が見えるらしい

別に似たようなもんだろ

東京には東京の良さが、青延には青延の良さがあるんだから


8/3

今年の夏は、少年の頃「また出会えるのを信じて」いた10年後の8月だった

まだ純粋だったあの頃、周りにいた人間は大きな希望を忘れてないだろうか

俺は忘れたよ

「手紙書くよ、電話もするよ」

アナログな時代の歌詞が響く

悲しくって、寂しくって、切なくて

流れ星が落ちた

10年後の夏、僕は左遷されて僻地にいたよ


8/6

最近の課内はギスギスしている

正社員が3人。現地社員が6人。

そこに新卒が1人in

「〇〇さんには注意してね、仕事押し付けてくるから」とかいう助言に見せかけた悪口をもう5回は聞いた

“青延名物”の陰口だ

頑張らなきゃ

神様は乗り越えられない試練は与えない


8/9

会議室で研修(独り)

先週までいたアシちゃん(アシダカグモ)がいない

なぜだろうと思って部屋を探し回った

「あっれれー、おっかしいぞー⤴︎」

部屋にはクモ退治スプレーが2つ置かれていたはずなのに1つになっている

「あっ…」

これは間違いなく他殺だ

犯人はこの部署の中にいる😤!!!!


8/9

昨日、俺はこの会議室で愛する者を失った

「下半期に向けて業務の効率化」の会議

書類をいろは順でなく五十音順で管理すれば良いのではなかろうか…

会議の最後に上司がお局様の意見を伺う

何も決まらないまま会議が終わったので、自分の仕事のために席に戻った


8/12

昔の資料を見たら、基山先輩より前に配属された方の行方がわかるのではないかと思いフォルダを漁ることにした

3個上の先輩の自己紹介(本来4月頭に書くもの)は存在しなかった

それすら存在しないということはそんな先輩なんていなかったはずだ

まさか、4月第1週目に辞めるわけないしな

次は、2個上の先輩の社員紹介を見ることにした。

2個上の先輩は「猫」を飼っていたらしい

 (以下、「2個上の先輩」→「猫先輩」とする)

「鬱病なのになぜ休職せずに即退職したの?」って聞いたけどパワポは返事しない

少し前、米国で、“猫を電子レンジで温める事件”があった

内側から温められた猫は目玉や臓物が吹き出す直前まで、身体が死にかけていることに気づけなかっただろう


「先輩みたいだね」^_^


8/15

お盆だ

春に、俺のことを「左遷」呼ばわりした大学の同期が底辺ユーチューバーになっているのを見つけたので、動画を全部見た

非生産的かつ低脳、バズる要素が見当たらない クリエイター適正のない彼には、段ボール工場で荷物を出し入れする仕事とか向いてそうだなと思った


8/18

先輩に倉庫に呼び出された

「ここに開けてしまった段ボールがあるから全部閉めて欲しい」

「わかりました」

「ごめんね、全部俺が開けちゃったからね」

(途中で気づかなかったのかな…)

「あ、そうですか」

蒸し暑い

段ボール工場で働いている人ってこんな気分なのか


…あれ?…


10/15

14時

異動したはずの鎌倉武士さんから電話があったらしい

折り返しをした

鎌倉武士さんは名乗った「お疲れ様です、〇〇支店の〇〇です」

内容は業務のことじゃなかった

3個上の先輩は俺と同じ部署に配属され7日で辞めたこと

〇〇さんと〇〇さんは仲が悪い

〇〇さんはすぐ陰口を言う

〇〇さんはマイルールが多くて

〇〇さんは絶対に加湿器の口を自分の方に向けて欲しい

気をつけて

俺の身を案じた内容と応援メッセージだった

そして俺は気付いた

先輩の電話の時の名乗りが短い

勝手な推測だが

鎌倉武士先輩はこの部署の陰湿さを嫌い

先輩は(自分が誇りを持っている)

社名をいつも自分に言い聞かせることで会社への帰属意識を保ち

毎日浴びせられる“言葉のてつはう”に耐えて正気を保ち、

神風(異動)を待っていたんだ

あっぱれ


10/17

だから、僕らは神風(異動)を待つことにした

3個上の先輩は7日で辞めた

(以下、蝉リタイア先輩)

2個上の猫先輩はパワハラで鬱になって壊れて辞めた

でも、俺と基山先輩は違う

俺達には神様がついている

真顔でそんな話をした


10/19

鎌倉武士さんが神風に吹かれてから基山先輩の部署の雰囲気が暗い

1人あたりの仕事量も増えた

血色が悪すぎて白かった肌がもはや透明だ

今にも消えてしまいそう

その課の窓側社員は涼しい顔でマニュアルを読んでる


10/31

俺は更なる失態を犯した

人事面談にて質問が来た

「次の勤務地の希望はありますか?」

脊髄反射で叫んでしまった

「😳TOKYO😳!!!!!!」


11/1

基山先輩に人事面談の結果を聞いた

「来年もここにいそう、なんなら再来年も…」

うちの部署は若手が不足している

(2個上や3個上は神様が与えてくださった試練を乗り越えられなかったからだ、たぶん地獄に堕ちた)

この部署は若手を手放したくないようだ


11/27

××町から来客

なぜか現地社員は“××町”を強調する

俺は川の外側はまだ行ったことないんですよねー、景色がいいんで行ってみたいなーと言った、言ってしまった

ここは昔、国府が置かれていた神聖な場所

××町には今でも昔ながらの集落が残っている

夜、死んだ顔××町を眺めていると、先輩に話しかけられた

先輩も、数十年のキャリアの中でこの部署が人生で1番辛いらしい

「この部署に来た時、ローカルルールなんて失くしたほうが良いと思ったよ、でもよそ者だから言わなかった、数年経てば異動して普通の部署で働けるからね、これが大人になるってことだよ」


11/30

寝耳に水、南国に雪

来月末、同期と会えるらしい

やっと同期と会える、苦労を共有できるんだ

ありがとう神様

神様は乗り越えられない試練は与えない!!


12/3

「もし、この日感じた劣等感を常人の脳に移植したら即死すると思うんだ」

午前、

「××町の話はあんまりしないで、そういう場所だから、わかるでしょ」と言われた

一応「わかりました」と答えた

俺はもう一度あの街を眺めると、小さい頃に見た何かに似ていた。

俺は気づいた、気付くのが遅かった

4年間東京にいた俺の嗅覚は鈍っていた

あれは被差別部落だ

午後は同期とのオンライン研修があった

同期の自慢話を聞いた

研修が終わり、現状を整理してしまった

何故か、何故か、何故か、俺と基山先輩の上には38歳以上の社員しかいない

確認できるだけでも2個上と3個上はすぐ辞めているが、それより上はどうしていないんだろ

会社のHPには新卒の3年内離職率は1割未満と書いてあった


そこは嘘ではないはず なぜこの部署だけみんな短期離職するんだ?

おかしい、本当におかしい

お前ら関東組は雑巾で和式便所を拭いているか?

コンビニが近くに無いから全員分の弁当を注文しているか?

蜘蛛の巣みたいな会議室で研修を受けているか?

決めた、決めたぞ俺は!!!

まず、自分の名前で遺書を書き、都内勤務の同期を青延川に沈める

次に、全身整形して彼に変身

俺は彼として本社で働き、岡森は死ぬ


という風にネガティブな気持ちになったのでそとの景色を見て気分を切り替えようとした

そこには被差別部落が見えた

あああああああああああああああああ!!!

今、画面の向こうにいる同期の職場には“ヨウシキトイレ”があるオフィスで、“すかいつりぃ”がみえるらしい

俺は被差別部落が見える、蜘蛛の這う見せ物小屋で研修を受け、雑巾で和式便所を磨く

この差はなんだ?お前は俺と同じ企業にしか入れなかった程度の人間だろ?この差はなんだ?お前も青延川に沈んでしまえ

俺は妄想の中でスカイツリーを引きちぎった


無量空処ってこんな感じか?多分違うな

俺は彼らより働いているが手当の関係で手取りは定時帰りする彼らより低い

業務の幅は広いが雑用中心、周りに出世ルートに乗ってる人はほぼ確実にいない、コネもない

もしかしたら左遷部署なのかもしれない、

上司や先輩は昔罪を犯してここに来たと言っているし

思考が加速を止めてくれず、劣等感は臨界点を突破した


どこまでが推測で、どこまでが現状なのかわからない

俺はどこまで正確にこの世界が見えているのか、見るべきなのか、見えてしまったらどうなるのか

生産性0の思考が脳内を温めていき、身体の中のものが全部外に弾け飛びそうな感覚に陥る

遂に摂氏100℃を超えた

「神は本当は存在しない」

俺は自分の不運を受け入れられずに非合理的な存在に縋っているだけだ

しかし、このまま神は居ると信じていようと思った

そうしないと、あと373度下がってしまうからだ

青延川の魚を食べ、病院で貰ったマタタビを4錠摂取すると、倒れるように眠りについた


12/15

とあるプロジェクトが始まった

内容は××の社内発表だ(別に作ったところで外部に発表する機会はないが)

俺は、基山先輩と話す前から薄々察していた

部長は常々、「〇〇部と言えば新卒短期離職」というイメージがついていることに対して不満を漏らしてた

このプロジェクトは原則入社1.2年目が参加するものだが、

“何故か”青延には常に新人がいなかったらしく初参加となった

神様の試練だ…神様なんて本当にいるか?いないだろ?いや、神様は乗り越えらr…嘘つけ!やめろ!ああああ!!


俺は、部長の面子のために仕事が増えた…と愚痴を言おうとしたが 基山先輩は先に 「部長はこんな部署を任されて大変だから自分たちでカバーしてあげよう!頑張ろう!」と言った。


俺は首を縦に振った(残念なくらい真面目で、図太さが全くなく、いつか壊れてしまいそうな人だ…救えない) と思いながら


この時、基山先輩は部長の意図に気づいていたのだろうか…

気づけないほど狂ってしまったか、気づいたが受け入れられずにいるのか…今となっては確かめようもないが

非効率な文化にも理不尽にも耐えて、イエスマンとして働く先輩みたいな人がブラック部署を支えてる、それだけは事実だ


12/18

先輩は金曜日の夜にこう言った「こっそり土日にやるしかないよね…」

だから今日は土曜日だけど通話を繋いで仕事をしている

仕事の息抜きに、マタタビの種類についてて教わったことだけが楽しかった


12/19

同期が集められた。

既にグループが複数できている…何故だ…俺は同期と初めて会ったぞ…


夜は飲み会に参加

同期が衝撃の一言を放つ

「あんまり地元から出たくないな、隣の県とかじゃなく変なとこに飛ばされたら転職するわ」


俺の右手に配属されていたビール瓶君は、あいつの顔に向けて1m/sで左遷されそうになった


でも望まない左遷はかわいそうののでやめた

俺はクソ人事と同類にはなりたくないんだ

そんな覚悟の人間が全国転勤のある会社に勤めるんじゃねぇ…

豆腐メンタルの人間はホワイト部署でぬくぬく育てられてろよ

俺は基山先輩みたいな強い人間になる、今に見てろよ


同期との会話は続く

「この前ローン組んで、レクサス買ったんだ」


一同爆笑


貯金だけでレクサスは買えないはずだ…だからローン組んでるんだろうし… ホワイト企業に勤めてる君は明日も無事に働ける安心感があるから借金なんかできるんだろうな…

俺は君と違ってブラック部署にいるから、明日精神がぶっ壊れるのが怖くてそんなことできないよ


あれ????俺たち同じ会社の同期だろ????

クソ野郎!クソ野郎!!!クソ野郎!!!

MarchはFラン!!!

お前は性格腐ってんだよ!何がレクサス買っただ!!なんで転勤覚悟してない奴がここにいるんだろよ!!!!!!!×ね!!!!くたばれ!!!きええええええええ!!!!バカ!あほ!やっぱり使う言葉に知性って現れるよな!×ね!×ね!×ね!


12/28

休みの日だ

でも仕事をしてる

基山先輩は窓際社員とペアを組んでやっている仕事だけでもキャパ超えてそう

仕事中に俺と持ってる業務をやる暇なんて絶対ない

俺も限界なんだが、先輩は10月辺りから既に限界を超えている

真面目すぎるよ…と思った。 先輩は一切愚痴を言わない、社畜だな

先輩のような真面目な人が身を粉にして世の中を支えている

そして俺は基山先輩こそ社会人の鑑だと思っている。

この人が居なかったら、俺は3個上の先輩みたいに7日で辞めていたかもしれない

いつか神風が吹いて、僕らは救われる

なぜなら 神様は乗り越えられない試練は与えないからだ


1/1

基山先輩は理不尽に苦しんでいる

結局管理職は何もしないし、本社でぬくぬく育った人事は田舎部署の辛さなんかわからない

神様は、上司じゃなくて神に縋るしかない俺たちの苦しみをずっと見ていて、いつか救ってくれる

もしそんな神様がいないとしたら、この社会はとても残酷だ

現世での苦しみが多い俺たちの方がが天国にいけるはずだから、 もしも神様がいるとすれば、 “人生苦しんだもん勝ち”なんだと思う

「人生楽しんだもん勝ち”と言わんばかりの奴らには天罰が降って地獄に堕ちろと思った

あくまで、もしも神様がいればの話だが


1/4

明日は出社したくない

年末年始は仕事で疲れてしまった

基山先輩に愚痴を言おうとしたが、あの人は愚痴なんか言わない

たまにナチュラルに“こんな部署”って言葉を使ったり気分が落ち込み過ぎて肌の色が白から透明になったりはするけれど

先輩は周りの温度がどうなっても何も言わずに耐える人だ


1/5

先輩が初めて愚痴を言った

先輩の課の会議で何か嫌なことがあったらしい。詳しくは聞けなかった

この人みたいになりたくないと思ったが、この人みたいにならなきゃ生き延びられないだろなと思う


1/7

俺は23歳になったんだ


8時

今日は基山先輩と打ち合わせだ なぜか来ていない。

先輩にしては珍しく、定時に来るんだろうか

俺は加湿器の水を替えて、棚の淵の裏まで消毒し、和式勉強のドアノブを消毒して、拭き掃除もする。


9時

定時だ。朝礼が始まって部長の身の上話を聞いた。遅刻かな?そんな訳はない

部長の部屋に呼ばれた

基山先輩は出勤しようとした時に容態が急変し、自ら救急車で運ばれたらしい

先輩はやっぱり、救えない人だった

社会人の鑑だと思う

さっさと切り替えて仕事をしようか


15時

部長と話

(さすがに2人でやってた発表は辞退で良いと思っていた

基幹業務ならまだしも、部署の面目のために休日にも人が倒れるまで働くのはおかしいと思う)

部長は

「基山さんが1番この仕事に熱意持ってたから、やっぱりこの仕事は岡森君が完成させたいよね?」

と言った


16時

目頭が熱い。電子レンジの中に閉じ込められてるみたいだ

課長から「基山先輩は倒れられたので〜」という話を受けた俺は、真顔で

「わかりました。2人で進めていた業務は期日通りに完成させます」とだけ言ってその場を去る

周囲から俺はどう見えていただろうか

最後にして最大の失言だった


17時

むかしむかしあるへきちに、さんびきのせんぱいがいました

ひとりめは、なのかでやめて、きゃりあをこわしました。せみりたいあ!

ふたりめは、ぱわはらでやめて、こころをこわしました。うつびょう!

さんにんめは、かろうでたおれて、からだをこわしました!ろうさい!

めでたしめでたし


18時

あいつが倒れたのは自己責任だと思う。自分は体調管理はしっかりしていた

体調管理ができていないのはあいつの甘えだ。そこを神様はしっかり見てくださっていた。あいつは救われない。

まったく、自分の仕事を増やさないでほしいものだよ。

救われるのは俺1人でいい

疲れたので残業放棄して帰る

もう、どうでもいいや


基山先輩は透明になったんだ


1/10

出社した。

当然のように先輩は居ない

この社会は狂ってる

俺たちの代わりはいくらでもいると思った

ここから俺はどうなるんだろうと思ったが、だれも教えてくれない

決まった通りに手を動かして、口を動かして

頭の外側だけで思考しているみたいだ

ふと鏡を見たら、俺も肌が白くなっていた


上司に真剣な表情で「大丈夫?」って聞かれた。なんて答えたか覚えてない。

この辺りも記憶が無い

家にいたら内側からボロボロに焼け死んでしまいそうで、散歩に出かけることにした

神様は乗り越えられない試練は与えない…

青延川が蛇みたいに俺の首に巻きついている気がして、とにかく川の外側まで走り出した

ボロボロのゴミ屋敷がある汚い土地にたどり着いた

ここは××町だった

下水を流す管がむき出しになっていて、湿った枝と落ち葉が詰まり、虫が湧いていた

ここで死んだら、こいつらに喰われるんだろうなと思った

神様は乗り越えられない試練は与えない

人で配属されて寂しかった時に、一緒に研修を受けていたアシちゃんは殺された

優しい言葉をかけてくれた鎌倉武士さんは異動した

一緒に神風を待つことにした基山先輩は部署の面目の為に休みの日も年末年始も働いて、救急車で運ばれた

ずっと綺麗な集落に見えていた××町はとても汚い場所だった

本社配属の同期は洋式便所のあるオフィスで働き

人の勤務地を変な場所扱いする同期はレクサスで通勤する

憎まれっ子世に憚るとはこのことか


神様は乗り越えられない試練は与えない


1/18

現実を整理してみた

先輩3人はそれぞれボロボロになり、青延川に沈んだ

職場に味方はいなくなった

人間関係は最悪の環境

部長から、意義不明な仕事を意味不明な理由で1人に全て任されている

俺は、目の前の現実をそのまま受け入れることができなかった

苦労しているから、報われる未来があってほしいと思っていた

でも、他の先輩は苦労しても報われなかった


だから、俺や基山先輩は「神」と言う概念を生み出し、それが自分を救ってくれると思い込んだ

1/22

東南アジアか何処かで孤独に過ごしてあと220万円貯めてスイスで安楽死しよう

善は急げだ

どのみち30歳以降で楽しそうに働いてる人なんていないんだ

しかし、まだ死ぬ前にやるべきことがある

あいつらを地獄に落とす

例の同期みたいな人間が生きていて俺が死ぬのはおかしい

1/20

基山先輩との最後の通話になった

「日に日に弱っていってて、先のことはわからない」と言っていた

俺は先輩に対して「ほんとにもう無理しないでくださいね」と言った

先輩は本当に職場の透明人間になってしまった…

なんで…真面目に働く人間がバカを見なきゃいけないんだ…おかしい…

神様は心の弱い人間が作り出した空想上のもので、実在しない

現実の社会は理不尽に溢れていて 自己中心的な人間ほど得をするようにできているものだ

同期のレクサス君は

「遠くに飛ばされたら辞める」と言っていたが

田舎配属に耐えることのできない心の弱い人間ほど都会に配属されていると思う


僻地に配属され、組織で都合よく搾取されている人間ができることはなんだろうか

神風(異動)を待つことではない

悠長にそんなことをしていたら先輩方みたいになってしまう

目には目を 歯には歯を

理不尽には理不尽を


「そうだ、会社は辞めよう」

あの時同期に言われた「隣県に飛ぶなら辞める」という言葉が頭から離れない

そりゃあ都会育ちに左遷はないだろうよ

関東採用の同期2人は本社配属らしいし、他はよくわからん

クソ田舎にいるのは俺にとって毒になるじゃないだろうか、さよなら青延川

1/28

神は死んだ

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

コロナ禍に僻地配属された新卒 僻地ー牛 @2021gon2023

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ