12/25 クリスマスツリー




(早く銀狼を取り込まなければ)


 吸血鬼ハンターが利用しているホテルにて。

 ベッドに横にならず、サイドフレームに背中を預けて目を瞑っていた蒼は、今日の、いや、今日も犯した大失態を回想しては、臍を嚙んだ。


(西洋剣を首に食い込ませたのに、僅かのみ。皮膚を食い破っただけだ。それ以上は、手を動かせなかった)


 吸血鬼は快活な笑みを浮かべたままだった。

 ずっと、


(………早く、銀狼を取り込んで、自我を、なくさな、ければ)


 不甲斐なさで眠れそうになかった。

 にもかかわらず、奇妙な事に眠気が一気に襲いかかって来た蒼は眠りに就いた。

 さらに、奇妙な事は重なる。

 夢を見たのだ。

 時々視界の端に入る、黒いマントを身に着けた少女が出てきた。

 恐らくは、あの吸血鬼の助っ人なのだろう。

 吸血鬼ではないはずだが、あの少女が視界の端に入ったかと思えば、吸血鬼が現れるのだ。

 銀狼を取り込もうとする時だ。

 あの少女が吸血鬼に知らせていたのだろう。

 あの少女も邪魔だ。

 けれど、あの少女は吸血鬼ではない。

 ゆえに、滅するわけにはいかない。


 夢の中で少女は言った。

 とてもやさしい微笑を湛えて。

 いや、少し偉そうな表情をにじませて。


 あなたに特別な花冠を作りました。

 このマーガレットの花冠です。

 これを頭に被せれば、あ~ら不思議。

 奥底に追い沈め続けている魂が、訴える望みを言っても苦しまなくなります。

 その苦しみから解放されます。

 声に出してください。

 小さくてもいいのです。

 か細くていいのです。

 どうか。

 どうか。

 あなたがもう、苦しまなくなりますように。お祈りしております。




 被るわけがない。

 あの吸血鬼の味方なのだ。

 夢の中だろうが何だろうが、マーガレットの花冠は即刻廃棄して、お終いだ。

 こんな奇妙な夢も即刻忘れ去ればいい。

 なのに。


 あの、最後の、少女の笑顔。

 最初に見せた笑顔とは違う。

 慈愛に満ちた、というべきか。

 心の底から、自分を想って、紡いでくれた言葉だった。ように、思える。


 苦しみから解放されたい。

 本心だ。

 ゆえに、銀狼を取り込んで、この苦しみから逃れようとした。

 吸血鬼ハンターとしての、なけなしの矜持だった。

 銀狼を取り込んで、自我をなくし、ただただ吸血鬼を滅するだけの存在になる事が、唯一。

 けれど、本当にそれだけしかないのか。

 それ以外にも、この苦しみから解放されるすべがあるのか。

 あるのならば。


(ぼくは、)


 チカチカチカ、と。

 部屋の片隅で、いくつもの光が点滅している。

 小さなクリスマスツリーに飾られているイルミネーション。

 小さなクリスマスツリーの頂上にはスターではなく、ハートが座していた。




『俺と一緒に』




 西洋剣を吸血鬼の肩と首から引いて、背を向けて立ち去る自分に、放たれた言葉。

 おちょくっているとしか、思えない、のに、




 夢の中の出来事だ。

 マーガレットの花冠が現実にあるわけがない。

 この両の手で持っているわけでは決してないけれど。

 蒼はゆっくりと時間をかけて、この両の手で持っているマーガレットの花冠を頭に被せて、そして、細やかに、密やかに、唇を動かした、のち。

 自らの首に西洋剣のカッティングエッジを当てては、一気に食い込ませたのであった。






























 あの時は、俺がおまえの血を吸った。

 吸血鬼にしてくれって頼んでくる、態度が豹変したおまえの血を吸って、おまえを吸血鬼にした。

 やさしくかわし続けても。

 兄貴兄貴って、ただ純粋無垢に、ひたすらに慕ってくれて、求めてくれて、嬉しかったんだ。

 嬉しかったんだよ。

 心がすごく暖かくなった。

 居場所知れずの心の在り処を教えてもらった。

 おまえと闘っている時もそうだった。

 だから、おまえの願いを叶えた。

 けど、今は。

 逆だ。

 おまえが俺の血を吸え。

 吸って、生きろ。

 生きてくれ。


「一度、俺はお前の願いを叶えただろ。次は、おまえの番じゃないか」


 それはぼくじゃない。

 不要なぼくの魂の願いだ。

 蒼は薄れゆく意識の中、うっすらと笑った。


 ぼくは吸血鬼ハンターだ。

 誰が吸血鬼の血なんぞを、この身体に取り込むものか。

 誰が、吸血鬼と一緒に、世界中を旅などするものか。

 誰が、吸血鬼を兄貴と、慕う、ものか。

 誰が、


 だれが、


 あんたと、あの少女と、一緒に、クリスマスツリーを飾る、ものか。











 ふりそそぐ。

 ちが、

 とうめいなちが、

 まっかなちが、

 ふりそそいでは、

 このみを、そめていく。

 つくりかえていく。

 きょうあく。

 きょうぼう。

 じんだい。

 なんて、おそろしい。

 これが、


(吸血鬼)




「「やっぱり、早く滅すべきだったな」」






























「くっくくく。まあまあ、大団円、か」


 死神の休憩所にて。

 櫂は死神の鎌に映し出される光景を見ながら、カップのティラミスをスプーンですくい、一口分を食べた。

 ほろ苦いココアパウダー、ほのかな酸味のレアチーズケーキ、ささやかな甘みのスポンジが、絶妙に重なり合っていて、実に美味しかった。






「蒼さんは小食ですね」

「澪は大食漢だな」

「あんたらは食べ過ぎだ」

「蒼さんが食べなさすぎですよ」

「蒼はもうちょっと食べてもいいかもな」

「こんなにいっぱい作るからいけないんだよ」


 大きな大きなテーブルでもはみ出んばかりに並べられた、数々のクリスマス関連の料理を目にするだけでお腹いっぱいになった蒼は、ちびちびとにんじんすーぷを飲み続けた。




 あの時。

 暖が自らの血を蒼の全身に降り注いだ時。

 蒼は身体を作り変えられたと思ったが、そうではなかった。

 吸血鬼ハンターのまま、命を繋がれたのだ。


 正直に言えば、あの時強引に吸血鬼に作り変えてくれたらと、暖を恨んだ事も数知れず。

 不要な魂の塊と違って、自ら吸血鬼にしてくれ、などと、願い出る事などできずにいるのだから。

 現在進行形で。


 吸血鬼の血を注がれて命を永らえたなど、吸血鬼ハンターとしてもはや生きてはいけぬ。

 だのなんだの喚いて、一緒に行動する事にはなったが。

 時々、このままでいいのか、わからなくなる。

 吸血鬼ハンターとして、吸血鬼と一緒に生きる曖昧さ。

 どっちつかずで生きているような感覚がして。

 問題を先延ばしにしているような気がして。

 ただ、ひとつだけ、確かな事は。


 あの吸血鬼を滅するのは、自分だという事。

 それだけは、確実だった。

 それだけで今は、立っていられるような気がした。

 たぶん、


「お~い。蒼。プレゼント交換始めるぞ~」

「楽しみにしていてください!すっごく悩んで決めましたから!」

「………うん」


 イルミネーション、キャンディーケーン、オーナメントボール、ベル、靴下、松ぼっくり、ジンジャーブレッドクッキー、ミニロゼシャンパン、りんご、綿、クリスマスカード、ミニマーガレットの花冠、スター、ハートなど。

 目の前に立つ、たくさん飾られたクリスマスツリーに、蒼はそっと触れたのち、暖と澪の傍へと歩み寄ったのであった。











(2023.12.25)



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きみのたましいにかんぱい アドベントカレンダー2023 藤泉都理 @fujitori

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