新春

 俺はモモさんと別れた後、悶々という思いを抱えながら、ひとり、パン祭りの開催される新宿を闊歩した。 

 全国各地からパン屋が集まり、行われたパンの冬合戦は、途中、ロールパンの催事場所であった新宿駅中央西口で、どっちのパンの方がふわふわで柔らかいか、薩摩と長州のパン屋が競って投げ合ったり、西早稲田で行われたジャムパンの祭事で、イチゴジャムに超高級あまおう苺をごろごろ使用した店舗があり「それって、イチゴが高級なだけで、パンで勝負してなくない?」という意見が出たりと、色々あったものの、新宿区区長である、冴沼 曇の仲介により、痴話げんかの領域に納められ、無事に閉会式を迎えた。

 閉会式では、賞を取ったパン屋の店主がひとりづつ呼ばれ、賞金が授与された。

 あのモモさんのパン屋は、「アレは、カレーの味が美味しすぎて、米粉パンとして採点しずらかった」と言われながらも、見事、米粉パン部門で銅賞を取った。

 

 結局、ももさんとはそれっきり、連絡を取らなかった。

 俺は、年末年始は長めに店を閉めることにした。

 文句を言う人は勿論いたけど、今はスーパーだってあるんだし、別にバチは当たらないと思った。

 それより、生産者がどんなふうに食肉を育てているか分かるように、自分でも栄養素や家畜の育て方を学ぶ方が大切だと思った。

 そのうち、大豆肉も仕入れたいと思っている。

 安いからと言う理由だけで買われると、良さが伝わらず、結局お互いが損をしてしまうと思ったからだ。

 モモさんのお父さんのように、みんな人は何かしら、作ることや食べることに関わっているのだから、真摯に向き合えば分かってもらえるハズだ。

 というか、分かってくれる人に買って欲しい。そうすれば、薄利多売の赤字はなくなる。

 勉強は思いのほか楽しく、なんやかんや、一世一代の告白をしてふられたことを忘れるには、調度良い作業になった。

 

 そうして、一月。新宿の朝の清掃で久しぶりに半田と一緒になった。

「なんてこったゴミが全然ない」

 パンの冬合戦以来、新宿はとても綺麗になった。

 どのパンがどれだけ売れたか確認するため、また投票用紙をパンの包み紙にしたため、パンの冬まつりはそれほど散らからなかった。

 そこからがきっかけで、新宿は以前より綺麗になった。

「これじゃあ、忙しいお前とは一緒にいる理由がなくなるな」

 半田が手すりに腰かけて言った。

「定休日増やしたんだよ。今度、余った肉でうちで鍋しよう」

「おお、奥さんと子ども呼んでいいか?」

「勿論」

「あの、新宿の清掃終わっちゃいました?」

 声をかけてきたのは、モモさんだった。

 半田が俺の驚いた顔を見て、にやにやする。

「ていうか、拾うゴミがそもそもないんだよねえ」

「そうなんですか‥」

「‥‥‥どうして連絡くれなかったんだ」

 半田に愛想よくするモモさんに腹がっ立った。

「だって、連絡先聞かなかったじゃないですか」

「そうだけど‥‥‥」

「あ、おれえ、マイワイフに電話しなきゃだから」

 半田が不穏な空気を察知してその場から消えた。

 俺は、一度溜息をついてから彼女にごめんと言った。

 そんな俺を、彼女は満面の笑みで見上げる。

「自分の意見をハッキリ言えて、相手と対立しても、ちゃんと相手の意見が聞ける、そんな貴方が好きですよ」

 こうして、俺と新宿に新春が来た。


「4月の『パンの食べ盛り 春の乱』も出場するんで、お願いします」

「あそ」

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新宿の冬 @hitujinonamida

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