悪役令嬢は荷が重い‼

月親

悪役令嬢は荷が重い‼

 悪役令嬢に異世界転生する話は数あれど。


「悪役令嬢転生ものラノベに悪役令嬢転生……⁉」


 そんなことってある⁉

 お嬢様な内装の部屋で目が覚めて、ドレッサーの前で「紫の髪に吊り目な金の瞳……これって悪役令嬢の誰それじゃない!」って驚くシーンに、それ以上の要素なんている⁉

 悪役令嬢アニスに転生した原作のさん、あなたの衝撃は身に染みてわかったけれど、えて言わせてほしい。


「悪役令嬢は荷が重い……主にあなたのせいでっ」


 私はグッとりようこぶしを握り締めた。

 私が転生した悪役令嬢アニスは、異世界転生した主人公――理沙が悪役令嬢だと気づいて婚約者の王太子と乙女ゲームのヒロインを逆ざまぁするラノベに出てくるキャラだ。

 逆ざまぁが決まっている話なら、断罪を回避できるルートがわかっているから余裕? 世の中そんなに甘くない。

 何故って、理沙さんは本当に現代日本からの転生者設定なのかと問いたくなるほど、高位貴族なご令嬢役を完璧にこなしていたからだ。

 使用人を巧みに使って情報収集し、侯爵令嬢という立場を利用して権力者に協力を仰ぎ、極めつけは有り余る金で暗殺者ギルドを買収⁉

 私には無理ゲーである。私は自称平凡なOLではなく正真正銘平凡なOLだったので、無理ゲーが過ぎる。


「……よし、ラノベのハッピーエンドは忘れよう」


 ハッピーエンドになるとわかっていても、私にその道を行く勇気はない。私にとってそれは、「ワニが十匹いる川の向こう岸まで泳いで渡れば百万円プレゼント!」的なブラックジョークにしか聞こえない企画と同じである。

 不幸中の幸い、理沙さんな悪役令嬢アニスのヒーロー役は私の好みではなかった。彼と結ばれなくてもしくはない。

 で、原作の原作(ややこしい!)だけれど、アニスの末路は最果ての修道院送りだった。罪状は王太子妃となるヒロインへのいじめで、その実態は単に貴族として常識的な注意をしただけという素晴らしいテンプレ展開であった。

 よって、私の行く末はその修道院送りだろう。

 ちなみに、ヒロインに苦言をていするのを止めるという選択肢は選べない。何故なら、侯爵令嬢アニスは立場的に、他の令嬢のお手本でなければならないから。

 後にヒロインを虐めたという口実で罪を被ったとしても、目の前でやらかしたヒロインを見て見ぬ振りすることはできないのだ。そんなことをすれば学園の卒業式(ここで断罪イベントなのもやはりテンプレ)を迎える前に、侯爵家から見放されてしまう。

 アニスが修道院送りで済んだのも、家族がアニスに好意的だったからこそ。そのセーフティネットを消してしまうような真似は、避けなければならない。

 さて、大人しく修道院に行くとして、断罪イベントまでの残り半年をどう過ごすか。


「限られた自由時間で、私のやりたいこと……」


 真後ろにあるドレッサーチェアにぽすんと座り、私は自分の一番の望みとは何かを思い巡らせた。

 アニスのこれまでの人生(記憶はある)を思い返し、せっかくなので思い出した前世もひっくるめて自分の望みを探ってみる。


「……そういえば、ここって推しがいる世界よね」


 理沙さんなアニスと結ばれたヒーローは、私の推しではなかった。けれど、この世界に私の推し自体はいる。

 何を隠そう、理沙さんが買収していた暗殺者ギルドのマスター、ジェイドが私の推しなのである。

 短いけれどサラサラなびく黒髪はしっとりとした美しさで、赤い瞳は極上のルビーのごとくきらめいていて。年齢はアニスの三つ上で二十一歳……ああ、もう……好き。


「! 私も買収すれば、一度くらいなら会ってくれるんじゃ……」


 ハッと思い至った名案に、私は真剣にその方向で検討し始めた。

 金で解決できるのなら私の力量は問われない。よってそれなら私でも真似できる……はず。

 推しに会って、できるなら握手とかさせてもらって……。


「――ううん、待って。この先、何十年も修道院へ行くのだから、もっと欲望に忠実になるのよ」


 一回きりのこのチャンス。最大限に活用しなければならない。

 思えば前世でも、憧れの人と握手するのが精一杯だった。しかもその人はアイドルとかそういうわけでなく、普通に同級生とか会社の同僚とかで。

 そう、前世では私は清い身のまま人生が終わった。

 そして今世でも、清い身のまま人生が終わろうとしている。


「推しに会って……推しとワンナイトする!」


 そうよ、望みは最大限に高く!

 私の今世の人生目標は、これで決まりよ!



 大それた決意をしたあの日から、一週間経った。

 結論から言えば、私の人生目標は達成された……半分は。


「やぁ、僕の可愛いアニス」


 私は自室のベッドの中、いつの間にか添い寝していた男を前に硬直した。

 私の推し、ジェイドである。

 ジェイドとはワンナイトのはずが、実はこの一週間毎晩のようにこんなことになっていた。

 えっ、何このただれた生活。自分で自分にびっくりだよ。

 でもでも言い訳をするなら、決して私のせいじゃない。私はあれ以来、彼に会いに行ってはいないのだから。ジェイドの方が毎晩私の部屋にやって来ているのだ。

 念押しで言い訳をするなら、私は部屋の扉にも窓にもちゃんと鍵をかけている。それなのにどうやってか、気がつけば彼が部屋の中に……というかベッドの中にもぐり込んでいるのである。

 暗殺者ギルドマスターの実力、半端ない!


「……ジェイドは一度寝た女性とは、寝ないんじゃなかったの?」


 当然のようにキスをしてきたジェイドに、私は彼の顔が離れたタイミングで尋ねた。

 ジェイドのキャラ設定は、珍しいものが好きで束縛嫌いという暗殺者あるあるだったと記憶している。どう考えても私は彼が好む珍しいものには該当しないと思うのだけれど。


「初めてアニスと寝た日、君に飲ませたのは自白剤入りのワインだったんだけど」

「う、うん……それで?」


 何だかいきなりパワーワードが飛び出した気がするが、ここでひるんでは話が進まない。私は平然をよそおって、ジェイドに話の続きをうながした。


「どんな思惑が飛び出してくるかと思えば、アニスってば最中にずっと僕に好きとしか言わなかったんだよね」


 ほぅっとジェイドがわく的な溜め息をついて言う。

 今もその一挙一動に釘付けの私だもの、自白剤でそんな頭の弱い子になっていたのも納得の一言です。


「僕に迫ってきた女はいっぱいいたけど、単純に僕が好きって人は初めてで。しかも幾ら自白剤を飲んだにしても、元から思ってないとあんな好き好き言い続けるわけなくて。ああもう、あんなに興奮したのは生まれて初めてだった! もう僕は君でないと満足できないよ、アニス!」

「ひゃあっ」


 かんきわまったといったようにガバッと、私はジェイドに抱き込まれた。

 そのまま彼の手がらちな動きをし始めて……。ですよね! もう一週間も流され続けている私ですから知ってます!


「はぁ……僕のアニス。たまらない」


 クンクンと私の匂いをぐジェイドに、どんな匂いなのか聞きたいような聞きたくないような。

 ――整理しよう。

 えっと、単純にジェイドが好きで迫った人間は私が初めてだった。

 それから私の推しへの愛が爆発した結果、それが彼の生まれて初めてレベルの大興奮へと繋がった。

 それにより、私がジェイドが好きな珍しいもの枠に該当した……?

 改めて、ジェイドのキャラ設定を思い返してみる。

 ジェイドは集めたコレクションを大事にする。

 そして宝石であればその種類の宝石の一番、古書であればその分野の古書の一番だけをコレクションとする。

 その理屈で行けば、彼にコレクションされる女性は私だけということに。

 な、何ということでしょう‼


「嬉しすぎて死にそう……」

「アニス!」


 ジェイドに負けず劣らず感極まった私は、思わずギュッと彼を抱き締め返した。

 そして私は翌日、いつも以上に記憶が飛んでいる朝を迎えたのだった。



 時は流れ、本日は例の運命の日。

 いや、運命の日だったというべきか。もう過去だ、既に夜も更けたので。

 結局、私の断罪イベントは中途半端なまま終了した。

 というより、中途半端になった結果、私に一切非がなく王太子の浮気が原因での婚約破棄ということで決着がついた。後日、陛下から内々に謝罪まであるという。

 どうしてそんな展開になったのか。

 それはおそらく、王太子がヒロインを妃にするためにした工作に関わった人間が、ことごとく大怪我したり大病をわずらったりで卒業式を欠席したせいだ。だから婚約破棄宣言はできても、それに続く断罪ができなかった。

 私が原作の原作および理沙さんの物語から変えたのは、ジェイドとの関係のみ。つまりこうなったのは……やっぱりそういうことなんだろう。

 暗殺者ギルドマスターの実力、半端ない!(二回目)

 使用人を暗躍させていないし権力者も取り込んでいないのに、断罪回避に成功してしまった。


「アニス、僕と結婚しよう」


 今夜もまたベッドに潜り込んできたジェイドが、私の左手薬指を甘噛みしながら言ってくる。


「僕の身分に、どこか外国の王族の血統でも用意する。そうしたら、朝から晩まで僕は君の傍にいられる」

「そりゃあ身分を用意するくらいジェイドには簡単でしょうけど。でも、表舞台に立ってしまうとあなたの好きな自由から遠のきますよ?」

「そこで手放しに喜ばず僕の心配をしてくれる君を自由にできるのが、一番やりたい自由だから構わない」


 ジェイドが甘噛みを止め、今度はその箇所を両手ですりすりし始めて……と思った瞬間には手品師も裸足で逃げ出す早業で、私の薬指にはルビーの指輪がめられていた。

 顔を上げれば、そのルビーそっくりの瞳が私を優しく見つめていた。


「嬉しすぎて死にそう……」

「アニス!」


 いつぞやの遣り取りが再来する。

 これなら私もハッピーエンドを迎えられたと、言い切っていいよね?

 悪役令嬢は荷が重かった。けれど、正真正銘の平凡なOLでも何とかなることもある。

 後進のために、そうアドバイスを残しておく。




 ―END―

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