第33話 我儘に

長期休みが終わって数日経ってもクラスや廊下から聞こえる話は、フリート家の話題一色だった。

領地と爵位を失ったという話しだ。


もちろん俺のクラスでもされている。

椅子に座っていれば嫌でも聞こえる。

それでいてチラチラとこっちを見ている人もいる、俺が彼女と一緒のチームというのを知っているからだろう。


そういう人たちの好感度というのはプラスの方に揺れている。

何に好感を持っているのか、いやこれは興味や関心の類だろうな。

自分にとって面白そうだからプラスに揺れている、そういうことだ。


……出よう。気持ちのいい空間ではない。

教室から出たとしてもここのエリアは貴族が多い。

交わされる話は変わらない。

だけど俺を見る視線はなくなった。

さすがに同じチームだったことを知っている人はいないのか、気づいてないだけか。まあどっちでもいい。



貴族の地位がなくなるか。正直あまり良くわからない。

だからそういのは実感できない。


あてもなく歩く。

頭に浮かぶのは帰り際の村の風景。

村はボロボロではなかった。

俺もやれることはやったと思う。

それでこの結果。


自然の成り行きでこうなったのか、それともこの世界の強制力がフリート家に不都合を与える仕組みになっているのか。

考えても仕方ないとは思うが、俺にも関係することだからな。


なんて考えながら歩いていたら外に出ていた。

人が多いな、ん?

人が集まっていると思っていたらその中心には見知った顔がいた。

スイラが1人で歩いている。

周りにいる人間は彼女には近づかず目線だけを送っている。


「あっ」

話しかけようと思い声を出そうとしたが途中で止まる。

周りに人が多い。

また別の機会にしたほうがいいか?


そう思い一瞥すると彼女は俺のほうを向きながら口を動かし、手を挙げようとしていた。だが周囲に視線をめぐらせて途中で止まった。


俺は、彼女だけに視線を向ける。


なんでためらう必要があるのだろうか? 

なんで周りの人間に止められなければならないのだろうか?

俺は彼女のもとに向かっった。




(スイラ視点)


森に近い館の自室、ベッドで仰向けになりながら頭にはさっきした会話が浮かぶ。

そして表情も。


膨大な書類が机にも床にも置かれている執務室。

終わったのか終わってないのか、もう意味がないのか私には分からない書類の中で、姉と母と私で話し合った。

いや2人の間で結論はあったから話し合いというより報告に近い。


領地と爵位を返上したと言われた。

返上、自分からしたのか、せざる負えないところまで来たのか。


元々、領地経営なんて向いている家系ではなかった。

初代がいい例だ。


初代は竜討伐の恩賞として領地と爵位を授かった。

だけど、初代は他の貴族と反りが合わず、経営面でも失敗した。

冒険者上がりだから当然といえば当然かもしれない。

それが次の代もずるずると引きずって(ついでに血も引きずって)今がある。

落ち目なのは確かだった。森で出会った男が言ったように。


一族郎党皆殺しにはされなかったのは幸運かもしれない。


それに、返上したといっても私のものではない。

当主である姉さん、そしてフリート家が貴族ではなくなったというだけだ。


それに、姉は安堵していたようにすら見えた。母は良く分からなかったが姉はそう見えた。

淡々と話すようにしていた、だけど表情は安堵が混じっていたように思う。

当主となって一度も弱音を吐いてない姉が。


「はぁ」

領地や爵位を失ったことより、姉の安堵のほうが堪えた。

結局、私がやっていたことは空回りだった。

力をつけて領地を守ろうと思っていたけど、姉が望んでいたか今となっては分からない。


そもそも空回りは今に始まったことじゃないか。

他の貴族と対峙するときもそうだった。

舐められないよう、土地や家を狙われないように。

全員を敵と思って見ていた。

リージスのときもそうだった。


怖かっただけだ、だから威勢を張っていた。

強気な態度がすべて無駄だったとは思わないが、もうちょっと上手い立ち回りもあったのではと今なら思う。


結局、私は誰も見ていなかった。見ようとしなかった。


「これからどうすれば」

学園はどうなるのか、そもそも何をやればいいのか。


「あっ」

ある、一つある。やらないといけないことが。


リージスにお礼を言えていない。




長期休みが終わり、少し遅れて学園まで来た。

リージスを探しながら学園を歩いていたら人の視線が多くなった。


どこにいるんだろうと思っていたら、見つけた。


「あっ」

声を出し呼び止めようとした。手を挙げて知らせようとした。


だけど途中で止まった。

さすがにこの状況でお礼言うのもどうなんだ。

平民になった私が話しかけるのもあれかもしれない。


また別のときにするか。

視線を外して踵を返す。


「あの!」

「え」

あっちから話しかけてきた。




(リージス視点)


どうしよう勢いで話しかけてしまった! 周りに人がいる状況で!


最初、目があったとき彼女は何かを言いかけて止めた。

周りの目もあったし俺も去ろうと思った。

だけどふと思った、なんで周りなんか気にする必要がある?

そうだ、俺はそういうのが嫌で、この世界では気にしないと決めた。

だから声をかけた。勢いで。


結果、何も頭に浮かばない。

やばい、さすがにこれで何も言わないのは彼女にとっても迷惑だ。

いやというかこの状況が迷惑だ。


ただでさえ勢いで話しかけたのに、気の利いたセリフが何もない。

思いついた言葉なんて、お疲れとか、ドンマイとか。

全部、挑発に聞こえる。


領地や爵位がなくなった。

その重みは俺には分からない、実感できない。


そもそも、そんな状況で気の利いたセリフが言えるなら前世で友達の1人や2人はできていただろう。


無理に気の利いたセリフは無理だ。いつも通りだ、いつも通り。


「ギルドで受けたい依頼があるからついてきてくれ」

いつも通り、一緒に依頼を受けることにした。




周りを気にせず2人で目的の場所まで行く。

学園を出て、ギルドまで来れば、さすがにここまで付いてくる人はいなかった。


よく見る依頼書を手にとってまた歩く。

町の外まで来た。

馬車を引く音や足元の草を揺らす風の音、地面を踏む音のみ聞こえる。


長い無言の先に口を開いたのはスイラだった。


「私に話しかけてよかったんですか?」

歩きながら彼女は話しかけてきた。

どういう意図だろうか。


「それは、どういう?」

「もう私は貴族ではないという意味です」

「それは、学園だから関係ないよ」

そもそも、そういうので人は見ない。


さらに言えば俺が貴族かどうかは微妙なところだろう。

爵位や領地は持っていない、単に貴族の家系に産まれただけだ。

もっと言えば俺は当主から嫌われている。

俺がいつ除籍になるかわかったもんじゃない。


「そうですか……あの!」

「うん?」

呼び止めるような声がして振り向く。

目があった。いつも通りのまっすぐな視線。

いつも睨まれていると感じていたが今日は少し違う。


「ありがとうございます、助かりました」

ありがとう、森でのことだろうか?


「いや、依頼だったし」

助かったか。

本当に助けたのだろうか? と思ってしまう。


村がボロボロになることは回避できた。

でも領地と爵位を失った。

まあそこまでどうにかする義理はないけど。


「それでも色々と助けられたので、ありがとうございます色々と」

「……そうか、どうも」

鋭い視線は変わらず、だけど敵意はない。

何かにふっきれたのか、肩の荷が下りたかのよう。


うん、彼女が助かったと言うんだ俺は彼女を助けたんだろう。ここは素直に受け取ったほうがいいな。


「行こう」

彼女より先に歩く。


「それと敬語はなしで、今更されても違和感しかない」

「……うん」




それからの魔物退治はいつも通り難なく終わった。

素材を袋に入れて、町までの帰り道。

遅い時間から初めたからか夕日が差し込んできている。


「そういえば学園には残るの?」

聞くべきか悩んだが、いきなりいなくなるのも嫌なので聞いてみる。


「一応、貴族ではないクラスのほうで」

そう言って彼女は学生証を見せてきた。

なるほど、そういうことになったのか。意外と融通がきく学園だな。


「森での功績もある。世話になりっぱなし」

「いやあれは俺だけの力じゃない。スイラがいなかったら森を出られなかった」

遭難したまま力尽きてもおかしくない状況だったし。


「それこそ私がいたからこそ、フリート家の事情に巻き込んだ部分もある」

「巻き込まれたとは思ってない。自分で選んだことだ」

あれは俺が選んだことだ、誰かに流されて行ったわけじゃない。


「……強いな」

「強くあろうとしてる途中」

強くはないだろう。


「冒険者は続けるの?」

「しばらくは冒険者も続ける予定だけど」

そうか。

ちょっと安心した。これから1人で黙々と依頼を受けるところだった。


「リージスはBランクになってこのまま学園に?」

「残るよ、というか退学できるの?」

「授業が必要ないと思って、冒険者になる人もいるって聞いたことが」

アグレッシブだな。

その行動力は見習いたいが。


「まだ必要ないとは思ってないかな」

今後どうなるかは不明だけど。


なんせ主人公という存在が入学してくる。

言ったところで頭がおかしい人と思われるかもしれないから言わないけど。

俺にとっては命の危機。


でも分かったことがある。

ボロボロの死んでいる村。帰りの馬車で見た生きている村。

変えることができた、俺も助かる可能性がある。


「まだ冒険者を続けるのなら」

「うん?」

彼女は片手を差し出してきた。


あ、これは。

俺も片手を差し出す。


「リージス、これからもよろしく」

「こちらこそ、よろしく」

夕日の下。

互いの手が揺れ、目を合わせて、再び協力の約束をした。

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嫌われ嫌いが悪役に~今度こそ流されず積極的に人と向き合ってみようと思います~ 草原紡 @nasutenokusa

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