第46話 椎名さんとのクリスマスイブ
「くれぐれも他の探索者とトラブルは起こさないように」
という有難いお言葉で〆られたお説教は、ごく短時間で済んだ。
相手方、つまりリーダーさんの非が大きい事と職員が止めに入れなかったことで減刑処分となったようだ。
僕とてっちゃんは換金を終えた後、ロッカールームで着替えを済ませて帰途についている。椎名さんも一緒に、だ。
「二人とも、今日はありがとう。ダンジョンでも、管理局でも」
そんな言葉に『いえいえ』『そんな』と気の利いた言葉を返せない陰キャ二人組。
「それでね、もしよかったらなんだけど、本当に私も二人のパーティに入れてくれないかな?」
「是非! 是非とも一緒に冒険したいです!」
賛成! 賛成! 大賛成!
けどてっちゃんは冷静に懸念を口にした。
「ぼ、僕らはまだ始めたての初心者で、一緒に活動しても椎名さんには物足りないかもしれないよ?」
たしかにそうだ。
僕らと椎名さんには半年以上のキャリアの差がある。
長年続けているならともかく、僕らの探索者歴ではこの半年の差はとても大きい。
「そんなこと私は気にならないよ。それに、二人のパーティはあの強いイレギュラーを倒しちゃったんだよ? 前のパーティよりも実力は上だよ!」
「し、椎名さんが気にならないなら、僕も大賛成、です」
夢じゃないよね?
僕らが椎名さんとパーティ組んじゃうの?
「いいのかな、僕らなんかが椎名さんと組んじゃって」
「私は沢山くんと佐伯くんの二人とパーティ組みたいな。二人なら信頼できるし、それに——」
「それに?」
「すっごく楽しそうなんだもん! ずっと羨ましかったの!」
ちょっと恥ずかし気に、ぷくっと頬を膨らませてそっぽを向く。
か、かわいい。
昇天しそうになりながらにへらと緩むお互いの顔を、僕とてっちゃんは見合わせた。
「「これからよろしくね。一緒に楽しく大冒険しよう!」」
「うん! 宜しくお願いします!」
椎名さんは輝く笑顔でそう言ってくれた。
「それとね、もう一つお願いがあるんだ」
もちろん椎名さんの願いならどんなことでも叶えてみせます!
「このあとの予定が無くなっちゃってヒマなんだ。一緒に遊んで欲しいな」
はい喜んで!!
コングトロルとの遭遇のせいでかなり早めに探索を切り上げることになったので、時刻は未だ十五時ごろ。
遊びに行くといっても、陽キャの遊びなんて僕にはさっぱりなので、定番のカラオケとボーリングに行くことに。
ええ、カラオケです。
音痴な僕にはちょっと辛いチョイスだけど、頑張って僕も歌いました。
てっちゃんも椎名さんも、個室にこっそり召喚した壁尻さんもわん太郎もピチ子もみんな爆笑。
もう途中からは笑える音痴でよかった、なんて思い込むようにしてた。
ボーリングの方もスコアは散々で、てっちゃんに運動神経の違いをまざまざと見せつけられてしまう。
実はてっちゃんって目茶苦茶スペック高いんだよね。
ボーリングもだけど、カラオケの時がやばかった。
すんごい美声。
歌上手い友達なんていっぱい居そうな椎名さんでもうっとりしちゃうレベルだ。
これで成績も凄くいいんだから、てっちゃんは本当にすごい。
てっちゃんとの違いに僕はこっそり落ち込んだりもした。
でも——。
「落ち込まなくていいと思うよ。私は沢山くんのそういうところ、可愛くて好きだよー」
こっそりへこむ僕に目ざとく気付いた椎名さんが慰めてくれた!
それも頭ナデナデつきで。
僕今すぐ死んじゃっても悔いは無いかも。
そう思えるくらい幸せな瞬間だった。
ボーリング場を出る時に、併設されているゲームセンターでプリクラを撮った。
『三人ずっと一緒に』。
そう書きこまれたプリクラは僕の生涯の宝物になるだろう。
その後は夕食、なんだけど。
今日はクリスマスイブなわけで、こんな日に予約なしに入れる店なんてほとんどなくて。
そういうわけで苦笑いでファミレスへ。
でもそれがかえって良かったのかも。
僕らは周囲を気にすることなく自分たちの今までの冒険譚を語り合った。
「ピクシー梨って二人が見つけたの!?」
椎名さんのお気に入りは≪新緑の楽園≫でのピクシーとの話。
椎名さんは妖精に会うために探索者になったと言っても過言じゃないらしい。
「会いたい! 今すぐ行きたい! 今すぐ行こうよ! ダメ? じゃあ明日は?」
ピクシーに会えるという話をすると、椎名さんの知能指数が著しく下がることを僕らは確認する。
結局、翌日の探索はパーティでの連携の練習という名目で≪新緑の楽園≫に赴くことに決めて、なんとか落ち着いてもらった。
帰り道。
電車やバスを使う程の距離でもないのでぶらぶらと三人で歩いて帰る。
途中でてっちゃんは方向が違ったので、そこで別れて椎名さんと二人きりになってしまった。
「沢山くんちはどっち?」
「僕の家はあっちだよ。椎名さんは?」
「私はこっち。じゃあここでお別れだね」
「あ、あの! 近くまで送らせてください!」
頑張った。人生最大の勇気を振り絞ってみた。
耳まで真っ赤になっちゃってる。
「それじゃあお願いしようかな?」
二人で並んで夜道を歩く。
手を繋ぐわけでも腕を組むわけでもないけど、友達の距離感からはほんの半歩ほど近いような、そんな距離感。
緊張しすぎて頭なんかまったく働いてないのに、口は気まずくならないようにとべらべら動く。
椎名さんの家まであと少し。
この時間ももう終わってしまうのか、なんて考えたところで公園の前を通りがかった。
「ちょっと寄って行こっか」
言われるがままに公園に足を向ける。
先にベンチで待っててもらって、僕は自販機で温かい紅茶を二本買った。
スマートに気を使ってみた、なんて言えればいいんだけど、僕のノドが緊張で限界だっただけだ。
二人でベンチに並んで座る。
僕の煩く鳴り続ける心臓の鼓動が椎名さんにバレちゃいそうな距離。
しばらく無言で空を見上げていた。
「悪い人じゃ、なかったの」
ぽつり、と椎名さんが呟く。
「親切だし、明るくていい人だったの。何度も口説かれるのはアレだなって思ってたけど、それ以外は全然悪いところなんて、なく、て、信、じてた、のに——」
震える声。漏れる嗚咽。
椎名さんは僕の胸にしがみつくようにして泣き始めた。
僕はそんな椎名さんの細い体をぎこちなく抱きしめるだけ。
背中をさすりながら、じっと彼女の中の冷たくなっちゃった部分が溶け切るのを待った。
やがて、嗚咽が小さくなり鼻をすする音が僅かに響くだけになったころ、僕は彼女に掛けるべき言葉を探していた。
だけど何を言うべきか、いくら探しても見つからない。
本当に僕はダメなやつだ。
「僕らは——」
探しても見つからなかった言葉が、口から勝手に零れ落ちてきた。
「僕らはさ、最後まで生きあがこう。誰かを見捨てるなんて選択をしないですむように、徹底的に抗ってやろう。きっとその方が凄い冒険譚が出来上がるよ。その方が絶対楽しい。それに——」
それに、なんだろう?
自分で言っててわからなくなってきちゃった。
「それに?」
「なんだろう?」
「わからないの?」
「ごめんなさい」
「ふふ、やっぱり沢山くんは面白いね」
う、恰好悪い感じになっちゃった。
でも椎名さんが浮上したなら、それでいっか。
「それじゃまた明日。おやすみなさい」
「うん。また明日ね。おやすみなさい」
結局、椎名さんを家の前まで送ってしまった。
マンションの前で別れの言葉を交わす。
「あ、そうそう、忘れてた」
「どうしたの?」
突然ぎゅっとハグをされた。
「今日はありがとう。助けてくれた時、凄く恰好よかったよ——ちゅっ」
ほっぺに、ちゅっと、キスを、された。
あまりの幸福感に思考がショートする。
呆然と見送ったマンション内に駆け込む椎名さんの耳が赤く、色づいていた。
頭がふわふわしたまま、僕はどうやって自宅に帰ったのか、全く憶えていない。
ただまあ、帰りがけに壁尻さんたちとのパーティ用にチキンやらケーキやらを買って帰ったのは褒めてもいいと思う。
夢見心地を引きずりながら、自宅でのささやかなパーティを楽しんだ。
ダンジョンの隠し部屋には、壁尻がいた。~謎の魔物『壁尻さん』と僕ののんびりダンジョン探索紀行~ あまみや 要 @kaname-ama
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