第45話 椎名さんのパーティ

「それじゃあ私はここで。本当に今日はありがとう。今度改めてお礼させてね」


 脱出結晶でダンジョンから離脱したところで椎名さんは行ってしまった。


 少しの寂しさと、大きな達成感。


「助けられて良かったね」


「ほんとによかった」


 僕とてっちゃんは拳を突き合わせて達成感を噛み締める。


「みんなもたくさん頑張ってくれてありがとうね」


 ぷりん! わふわふ。 ぴちゅぴちゅ!


 時間帯が中途半端なせいで人がさっぱりいないダンジョン前でしばしみんなと戯れた。


 本当に助けられて良かった。


 もしあの時見てみぬ振りをする選択をしていたかと思うとぞっとする。


 あ、そうだ! 紫さんにも感謝しないと!


 椎名さんの怪我を治せたのは紫さんがくれたミドルポーションのお陰だからね。


 今度感謝の印に何か贈ろう。


 なにがいいかな?


 ピクシー梨とか?


 今度採りに行こう。


 妖精のナイフのこともあるしね。


 あれから二週間たって報道も落ち着いてるし、一過性のブームによる混雑もマシになってたらいいな。


「孝ちゃん、コングトロルのドロップアイテムどうしようか?」


「そういえば何が落ちたの?」


「これ」


 手渡されたのは白銀に輝くコングトロルの毛皮のマント。


 もしかしてマジックアイテムかも、と期待を込めて鑑定してみる。


「ダメだ。鑑定はじかれちゃった。結構ランク高そうだよ。今度紫さんに鑑定お願いしよう」


「じゃあそれまで僕が預かっておくね」


「うん。よろしく」





 今日の成果の買い取りを済ませようと管理局の建物に入ったら場違いな大声が響き渡った。


「だから! 何も抜ける事は無いって言ってるだろ!!」


 野次馬根性で覗き込むと、そこにいたのは例のイケメンリーダーさんだった。


 そして口論の相手はやっぱり、椎名さんだ。


「ですから、これ以上あなたに背中を預けられないって言ってるんです」


「俺の判断は間違ってない! 一人でも多く生き延びるためにはああするしかなかったんだよ!」


「だから! それは別に責めてないでしょ! 自分の命を最優先にするのが冒険者なんでしょ? なら私も自分の命のためにあなたに背中を預けないって話よ!」


 段々とヒートアップしている様子。


 まばらながらも建物内には他にも人がいる。


 周囲にも何が起きたのか筒抜けの模様で、リーダーさんに白い目を向けている人が多い。


 どうにか椎名さんに助け舟を出せないかなって周囲を見渡して、僕はひと際呆れた様子を見せる職員さんに狙いをつけた。


「管理局としてはこの場合はどういう裁定をくだすべきだと思いますか?」


 わざと能天気な、空気の読めてない感じで質問する。


 職員さんはぎょっとした顔で固まっちゃった。


 まさかこのタイミングで外野からこんな質問が来るなんて思ってないよね。


 びっくりさせてごめんなさい。


「沢山くん——」


「ああ? なんだ手前ぇ? 関係ない奴はすっこんでろ!」


 ガラが悪いなぁ。


「関係なくはないですよ。なにせ椎名さんを救助して、シルバーバック・コングトロルを倒したパーティのリーダーですから。こう言った方がいいですかね? あなたの尻拭いをした者です」


 挑発するように頑張ってイキる。


 椎名さんを見捨てたこと、僕は怒ってるんだぞ!


 周囲からはやし立てるように口笛がなった。


 面白くない見世物の新たな展開を歓迎しているようだ。


 ふふん、たまにはこうやって注目を集めるのも悪くないかも?


「なめてんじゃねえぞっ!」


 おっと、顔真っ赤なリーダーさんが殴り掛かって来た。


 障壁で拳を受け止める。


 驚いた様子を一瞬みせたけど、そこは探索者。すぐに切り替えて今度は蹴りを放ってきた。


 これは僕を守れるポジションにさりげなく位置取っていたてっちゃんが盾を差し込む。


 盾とグリーブがぶつかる音が響く。


 それにみんなが気を取られている隙に転移で背後を取って杖の先を後頭部に押し当てる。


「なっ——」


 周囲がみな絶句する。


 えっと、それでこの後どうしたらいいんだろう?


 わん太郎に出てきてもらって全員威嚇しちゃう?


 それとももう終わっていいのかな?


 困った。


 さっぱりわかんないや。


「それで、管理局の見解はどうですか?」


 ちょっと締まらない感じになっちゃったけど、杖を引いて強引に話を戻す。


 うん、冷静になるとやっぱ注目されるのは恥ずかしいや。


 このまま逃げちゃダメかな?


 そんなことを考えてるとさっきの職員さんが気を取り直して話し出した。


「そうですね。パーティメンバーを見捨てる、囮にするというのは褒められたことではありませんが、それでも場合によってはそのような決断が必要なこともあるでしょう。探索者の皆様にはまず自分の命を守るために緊急避難を行う権利がございます。法的にもそのような事態では免責されますからね。ただし、見捨てられたメンバーが生還してパーティを離脱するのもまた、探索者の皆様にとって当然の権利です。例え長期のパーティ契約を結んでいたとしても、見捨てられた或いは囮にされたという事実が存在するならば、契約の前提となる信義則が崩れたとみなして契約を無効にすることも可能ですね。そうでなければ立場の弱い者が契約で縛られて、生きている限り延々と囮にされかねませんから。もしもパーティ離脱を元のパーティが強硬に拒むようなら、パーティ離脱希望者からの訴えがあれば管理局としては罰則付きの接近禁止令を出すことになるでしょう」


 なんか難しいことをいっぱい言ってたけど、つまりはこの場合のパーティ脱退は当然の権利でパーティ側は拒否できませんよってことだ。


 もう完全に話が纏まってるはずなのに、何故かリーダーさんは一人抵抗している。


「だからって! 今すぐってことはないだろ! どうせ次のパーティも見つからないだろうが!」


「それならもう決まってます。私は彼らのパーティに入れてもらうので。元々クラスメイトで信用もありますから」


 そう言って椎名さんは僕の腕を抱きしめる。


 えっ、そうなの? 初耳なんだけど!?


 そう言いたいのをぐっとこらえた。


 リーダーさんを諦めさせるための方便なのに僕が変な事言っちゃうと台無しだからね。


「はいはい。じゃあ話は決まりね。聖子は抜ける、リーダーは諦めるってことで」


 口を開いたのは残るパーティメンバーであるカップルの女性の方だった。


「なっ!」


「あんた見苦しいのよ! それから、あたしもこのパーティ抜けるわ。口説いても靡かないからって簡単に見捨てるような器の小さい男となんてこれ以上組んでられないわよ。ね、ヒロもいいでしょ?」


「すまんな、リーダー。あんたは悪い人じゃなかったんだがな、百合は言い出したらきかないんだ。俺も抜けさせてもらう」


「な、な、な……」


 カップルの彼女さん、百合さんという人はこちらに歩み寄ってきて、椎名さんを強く抱きしめた。


「ごめん。ごめんね聖子。見捨てちゃってごめん。あんたが無事でよかった。生きててくれてありがとう」


「百合さん……」


「聖子ちゃん、すまんかった!」


「ヒロさん……」


 彼氏の方もしっかりと頭を下げて椎名さんに謝っている。


 決して悪い人たちではないんだ。


「聖子、あたしがこんなこと言う資格はないかもしれないけど、これからもダンジョン潜るなら気を付けてね」


「うん。うん」


 最後にぎゅっと抱きしめ合って、それから二人は離れた。


「私たちの大事な仲間を救助していただきありがとうございました。これから聖子のことをよろしくお願いします」


 カップルのお二人はそう言って僕らに深々と頭を下げると、未だ消沈しているリーダーさんを引っ張って去っていった。


 未だ静かに涙を流す椎名さんに寄り添いながら、僕らは別れの余韻を味わっていた。


 けれども、そんな空気に水を差す人が一人。


「お三方、感動的な空気の中恐縮ですが、管理局職員の前で行われた乱闘騒ぎについては見逃せません」


 さっき管理局の見解を説明してくれた職員さんだ。


「えっと、つまり?」


「お分かりですよね? 応接室お説教部屋行きです」


 そ、そんなぁ~。

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