第44話 椎名さんを助けたぞ!

「沢山くん!!」


 戻って来た僕を見つけた椎名さんが駆け寄って抱き着いてきた!


 ぼ、僕今、椎名さんに抱き着かれちゃってるぅぅぅ。


 あうあうあう。


「無事でよかった。よかったよぉ」


 ぎゅっとされちゃってる。


 あうあう。


 幸せすぎて死んじゃいそう。


 コングトロルと戦ってるときより命の危機を感じちゃう。


「あ、ご、ごめんなさい!」


 真っ赤になった僕に気付いた椎名さんは慌てて体を離して距離を取った。


 椎名さんの顔も真っ赤になっちゃってる。


 こ、これってもしや、脈あり、というやつなのではないだろうか。


 もしそうなら、う、うれしすぎる。


 て、そんなことより、だ。


「身体はもう大丈夫?」


「うん、この子のお陰もあって、バッチリ回復したよ」


 この子、とは椎名さんの肩に乗ってるピチ子のことだ。


 ピチ子さんはちゃっかり椎名さんのお顔に頬ずりしていらっしゃる。


 う、羨ましい。


「ピチ子もご苦労様。よく頑張ったね」


 ぴちゅ!


「ピチ子がこの子の名前なの? ぴちゅって鳴くから? なんか沢山くんっぽい名付け方だなぁ」


「どういう意味かなぁ?」


 ふふふ、と笑った椎名さんは姿勢を正して改まる。


「沢山くん、佐伯くん。助けてくれてありがとうございます。二人は命の恩人です」


 頭を下げられてしまった。


「どういたしまして! 僕らも椎名さんを助けられてよかったよ! ね、てっちゃん」


「うん! 椎名さんが無事で何よりだよ!」


「二人とも本当にありがとう。もう駄目だって思ってたから、二人に助けてもらえて本当に嬉しかった……よ——」


 あれ? 椎名さん?


 なんか急に固まっちゃった。


 くわっと目を見開いて僕の後ろを凝視している。


 なんだろう。


 視線を辿るとそこには——。


 あ、マーガレットさん。お疲れ様。


 壁尻さんモードに戻らなくていいの?


「へ、変態っ!!」


「ふべぇ!!」


 椎名さんにビンタされちゃった!


 なんでぇ?


「沢山くん! 女の子になんて! なんて恰好させてるの!」


 あ、そうか。


 マーガレットさんは裸に鎖グルグル巻き。


 おまけに目隠しと口枷だからね。


 僕らは慣れちゃったけど、普通の人からしたら紛うことなき変態さんに見えるよね。


「ち、違うんだよ——」


「言い訳無用!!」


 言い訳じゃなくってぇ……。


 てっちゃん助けてェ……。





 結局、てっちゃんが仲裁に入って壁尻さんの説明をするまで、僕は椎名さんに責められ続けた。ぐすん。


「早とちりしてごめんなさい……」


 椎名さんもしょんぼりしていらっしゃる。


「いや。まあ。マーガレットさんの存在を知らなかったら、そんな風に思っちゃうよね。うん。だから大丈夫だよ」


「本当にごめんね。えっと、マーガレットさん? あなたもごめんなさいね。それに、助けてくれてありがとう」


 ぷりん!


 いつの間にか壁尻さんモードに戻っていたマーガレットさん。


「触ってもいいかな? わっ、ぷにぷに! 肌キレイだね。もちもちだぁ」


 最初はおっかなびっくりだった椎名さんも壁尻さんの魅惑の手触りにすぐに魅了されてしまった。


 そうでしょうそうでしょう。壁尻さんはぷにぷにで手触り最高なんですよ。


「わん太郎くんもありがとうね。格好良かったよ」


 わん太郎にも抱き着いてモフモフし始める椎名さん。


 美少女がお尻やオオカミ、小鳥と戯れる姿はとても美しい光景で一生見ていられる。


 でも僕は椎名さんに聞かなきゃならないことがある。


 それは椎名さんのパーティメンバーについて、だ。


 四人パーティのはずのメンバーが周囲には誰もいない。


 もしかしたらどこかで倒れているのか、それとも椎名さんが体を張って逃がしたのか。


 もしそうじゃなければ——。


「あのさ、椎名さんのパーティメンバーのこと聞いてもいい?」


 問いの答えは、表情を見れば一目瞭然だった。


「私、見捨てられちゃったんだ——」





 コングトロルが現れたのは通常のパワーコングと戦い、止めをさしたそのときだそうだ。


 突然乱入してきたイレギュラーに動揺している間にまず、後衛を務めるカップルの二人が殴り飛ばされた。


 すぐに盾役のイケメンリーダーがタゲを取って椎名さんが二人の治療にまわる。


 でもリーダー一人でコングトロルを食い止めるのは厳しかった。


 椎名さんが二人の治療を終えたときにはリーダーさんはズタボロで。


「私が代わります! 後退して体制を整えて!」


 勇敢な椎名さんはリーダーさんから一時的に壁役を交代した。


 回復した二人の後衛の援護もあって、回避に専念すればどうにか保てていたらしい。


 ところが、だ。


 待てど暮らせどリーダーさんが戦線復帰しない。


 それどころか徐々に援護も減っていく。


 苦しくなっていく中で、リーダーさんとカップルの女性が争う声が椎名さんの耳に届いた。


「撤退だ! あんな化け物に勝てるか!」


「ちょっと! 聖子はどうするのよ!? まさか見捨てる気?」


「ふん、付き合ってもいない女のために命なんて賭けれるかよ!」


 その声に思わず気を逸らしてしまった。


 ギリギリで回避を成立させるための複雑なステップに乱れが生じる。


 やがて体勢を崩してしまった椎名さんにコングトロルの拳が迫った。


「きゃあああああああああああああああああ!!」


 僕らが聞いた悲鳴はこの時のものらしい。


 砕ける鎧。吹き飛び叩きつけられる体。


 痛む体でなんとか追撃を躱した椎名さんの耳にはパーティメンバーの声が届いていた。


「おい! 今のうちに逃げるぞ!」


「ちょっと!!」


「リーダーの決定に従おう。自分の命が最優先だ」


 絶望に染まりながらも、どうにか生き残ろうと椎名さんは必死であがいた。


 何度も殴られ、廃墟の壁に体を叩きつけられて、とうとう体も動かなくなってしまった。


 そんなときに現れたのが、僕らと言う訳だ。





「なんだそれ! パーティの仲間を見捨てるなんて!!」


 椎名さんの話を聞き終えたとき、僕らは皆髪を逆立てて怒っていた。


 パーティメンバーを見捨てるなんて!


 それも自分たちが逃げるための囮にするなんて!!


 許せるはずが無い!


 苦楽も生死も共にするのがパーティの仲間だ!


 もしてっちゃんが同じ状況になったとしても僕なら見捨てたりしない!


 最後まで可能性を捨てずに一緒に生き残る方法を探るに決まってる。


 両親を悲しませる結果になるかもしれないけど。


 でも! それでも!


 仲間を囮にして生き残るよりはよっぽどマシだ!


「責めるようなことじゃないよ。自分の命を最優先にするのは当然の権利なんだから」


 怒る僕らを宥めるように言い聞かす椎名さんの表情は、とても寂しそうなものだった。

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