三章 田島竜
12.悪意の合コン
僕が
その日の合コンは、男女が三対三だった。皆若く、きれいな女性がそろっていた。特に僕の目を引いたのは、一番端に座っていた花だった。外見だけを見るならば、花は飛びぬけて美人だったからだ。しかし簡単な自己紹介をして、いざ話してみると花はどうやら合コンに乗り気ではなく、僕の友人二人のアピールや質問も、上の空だった。そのせいか僕の友人は二人とも花以外の女性と話し始めた。花は完全に置いて行かれる形となった。僕も花以外の参加者たちに混ざって話を合わせていたが、花の寂しげで少し暗い印象がずっと気になっていて、気が付けば花の方ばかり見ていた。
「田嶋さんって、お医者さんなんですよね?」
話しの脈絡を無視する形で、僕に女性から声がかかった。
「ええ」
食事を取り分けてくれた奥の女性が、僕に興味を示した。正確には、僕の職業に関心を抱いたのだろう。
「え? じゃあ、皆さんも?」
真ん中の女性も僕を見てから、友人二人に目を移す。
「いや、俺は広告代理店」
「俺は郵便局です」
友人二人は何故か申し訳なさそうにして、自分の職業を口にする。女性二人はいかにも期待外れだ、という顔をして「そうなんですね」とテキトウにあしらう。ここに来て、僕はこの合コンに参加したことを心底後悔した。僕は友人たちにダシに使われたのだ。こんな高嶺の花をそろえるには、「医師の友人の集まり」と言った方が効果的だと知っているのだ。確かに僕は医師で、彼らはその友人なので「医師の友人の集まり」は嘘ではない。ただ、「医師の友人」が同じ医師ではないというだけだ。広告代理店も郵便局も、決して悪い印象をもたれる職業ではないのだから、もっと自分の職業に自信と誇りを持てばいいのに、何故か男はそれを放棄する。それは大学時代からそうだった。「医学部」というだけで、女性たちは喜び、「文学部」や「教育学部」の友人には興味を示さなかった。僕は「医師」と聞いて目の色を変える女性を何人も見てきたが、今回の女性二人はその中でも露骨だった。一番奥の長い黒髪の女はいかにもしっかりしていて、はきはきとものを言う。しわひとつないシャツや指先まで細かくネイルケアされているのを見ると、完璧主義で隙がなさそうである。中央の女は茶髪のセミロングで、語尾を伸ばした話し方をする。胸元の開いたセーターやミニスカートをはいていることから、自分が隙だらけであることをわざと見せているのだと思う。どちらも自分を作っていることが伝わってきて、あまりいい印象は持てなかった。
今まで楽しそうに話していた友人たちとは、もう目も合わせない。代わりに僕を質問攻めにする。僕は必死に友人たちに話しの流れを持っていこうとするが、逆に「地位があるのに友達思いなんですね」などと微笑される始末だ。その瞳の奥には「どっちが勝っても文句なし」という女同士の熾烈な戦いが隠れているようで、正直怖かった。
「向田さん?」
僕がやっと花に話しかけられたのは、二人の女性に「脈なし」の烙印を押され、
「その気がないのに、ここに来るな」という無言の圧力をかけられてからだった。
「大丈夫? 気分でも悪い?」
入店し、自己紹介を終えてから、コース料理とそれぞれの飲み物を頼んだ。向田花と名乗ったその女性だけはアルコールを頼まずウーロン茶を頼んでいた。しかし乾杯の時、儀礼的に一口飲んで以来食べ物にも飲み物にも口をつけていなかった。店内には多くの団体客がいて、騒々しく、大声を出す人も多い。ふすま風のつい立で仕切られてはいるが、周りの会話があちこちから聞きたくなくても聞こえてくる状態だった。土間に間接照明。掘りごたつ式の椅子。全体的に和モダンなテイストにまとまった店の雰囲気は、けして悪くない。禁煙席と喫煙席はきちんと分煙されており、掃除も行き届いている。居酒屋にしては高品質な空間だ。まだ昼間だが、今日は休日とあって僕たちのように男女が混じって酒を飲んでいる団体もちらほらいる。ただ、酒の入った人間が大勢いることで、その落ち着いた雰囲気が逆効果だった。つまり、リラックスしすぎて酒が進むのである。店は有名な居酒屋のチェーン店だったから、それも計算の内かもしれないが、大声や喧騒が苦手な人にとっては拷問に近いだろう。そこに負けじと元気のいい店員の声も重なって、静かなところを好む人にとっては耐え難い場所だった。その上、花たち三人をじろじろと見てくる酔っ払いなどもいる。花はいかにもおとなしそうで、この場が苦手であるという印象を受けた。
「良かったら、店を変えようか?」
ずっと俯いていた花が、この一言で顔を上げた。花と僕が初めて見つめ合ったのは、この一瞬が初めてだった。そして僕は花がやはり合コンを苦痛に感じているのだと確信した。
「えー、田嶋さん。花みたいにおとなしい子がタイプなんですか?」
一番奥の黒髪がすかさず言う。
「花って確かに美人だけど、お母さん譲り?」
中央の女が意味ありげに小首を傾げる。
「あれ? 花って、確か東京に好きな人いるよね?」
アルコールも手伝って、二人の女は明らかな花への攻撃を平然と行う。ここまで来ると醜悪だ。何故ここで花の母親の話しが出てくるのか分からないが、もしかしたら僕と同じ境遇なのかもしれないと思った。そしてこの勘が当たっていたら、花とこの二人は友人などではないと思った。しかもこのタイミングで「想い人」の存在まで暴露されてしまったら、もはや花は合コンの掟破りとして、立つ瀬がなくなってしまう。もしかしたら花も、僕と同じように合コンのダシに使われたのかもしれない。美人だが合コンには不向きな花は、その美しさで男性陣の目をひく。しかし本人にその気がないため、花を連れてきた女性陣は集まった男性陣を自然な形で自分たちの方に引き付けることができる。なかなかの策士ではあるが、アルコールのせいで策に溺れ気味である。
花は人差し指を噛んで震えだした。目を充血させ、洟をすすり、泣きそうになるのを必死にこらえているように見える。この苛めのような稚拙なやり取りには、僕の友人たちも憤慨したようで、その空気に女二人は焦って花をなだめはじめた。
「悪い。僕と向田さんの分、後日ってことでいいか?」
幹事役の友人にそう言うと、すぐに答えが返ってきた。
「もちろん。今日は悪かったな」
今後は職業を伏せて相手側の人選を考えるように忠告したかったが、今は花の方を優先すべきだった。僕は先に立ち上がり、花に語りかける。もう他の二人の女性には目もくれない。そんな僕を女性二人は睨みつけている。
「お医者さんでも結局、顔なんですね。面食いっていうか」
「おとなしいからお持ち帰りしやすかったんじゃない?」
そう言って二人は自分たちが勝手に墓穴を掘ったにも関わらず、いかにも僕が悪いというような声をわざと大きく出す。もちろん、僕はもうそれを無視している。
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