5.現実


 窓の外では雪が降っていた。氷柱を何本もつけた雪庇が内側に巻いて、氷柱が窓に刺さろうとしている。この家を巨大な白い化け物が、今まさに飲み込もうとしているようだ。


「疲れたな」


 口を突いて出たこの言葉は、何回目になるだろう。もしかしたら、何百回目かもしれない。しかも確実に最近、このセリフを吐く回数が急増している。俺は自嘲して、階段を駆け下りる。玄関の一歩手前で、母が転倒して、喚いていた。近所に聞こえるから勘弁してほしい。以前、母の喚き声を聞いた近所の人から、老人虐待ではないかと噂されたことがあり、もう少しで通報されるところだった。虐待されているのは俺の方だ、と言いたい。


「もう、ほら。立って」


 母を今朝と同じようにして立ち上がらせる。また転ばれると厄介なので、二人で玄関でデイサービスの送迎車を待つことにした。玄関は寒いが、仕方がない。母も俺も冬用のコートを着ているから、短い時間なら耐えられるだろう。また転ばれて助けを呼ばれるよりは、寒さを我慢した方が良い。近所の人に、俺は老人虐待を疑われている。気にせず堂々としていればいいが、笑ってすまされない事情があった。この町の人々は体裁を重んじる傾向があり、さらには噂を真実と誤認しやすい。いつの間にかその因習は、俺の中にも根付いていた。火のないところに煙は立たない。つまり噂には何かもととなるものがあるのだから、噂もあるのだろうと思うようになっていた。そして俺にはそのもと、つまり母親を虐待する十分な理由があった。母には、俺の大切な人を殺したという過去がある。


 しんしんと、音を吸いながら降る雪の中に、プッ、プッ、プッ、という車のバックしてくる音がした。デイサービスの送迎車がバックで入って来たのだ。その赤いテールランプを見るたびに、俺の心は疼いた。


 町の防災無線が、惰性的にいつもと同じ言葉を繰り返していた。鉛色の空に、無機的に響く。


『こちらは町の広報です。流雪溝の雪詰まりを防ぐため、機械で雪を入れないで下さい』


 流雪溝とは、雪を放り込む大きなコンクリートの溝だ。高齢社会のこの町では家庭用除雪機の普及が著しい。しかし、機械で雪を大量に入れるため、流雪溝に流れる水をせき止めてしまい、道路が冠水してしまうことが度々あった。俺の家はそんな機械を買う余裕はなく、スノーダンプで地道に雪かきをする。鉄製のダンプはそれ自体が重い。赤く着色され、多くの雪を掻き込むためにスコップを三つほど並べた大きさがある。把手を持ち、雪を掬う部分を足で蹴ってスノーダンプを雪に差し込む。後は梃子の原理で、持ち手の部分を下に押せば重い雪の塊りが自然にスノーダンプに乗る仕組みだ。最近よく見かけるプラスチック製の雪かき用具は、子供用と見なされている。軽いというメリットの一方で、雪の重みに耐えられずすぐに壊れてしまうデメリットがあるからだ。自分のダンプに乗せた重い雪を暗い流れに放り込むとき、俺は何か思い出しそうになるのだが、いつまでもその答えは置き去りのままだった。


 デイサービスの職員に母を預け、戸締りをしてから俺も外に出る。


 雪がチラチラと舞っていた。それはまだ遠い春の桜吹雪を彷彿とさせた。俺はこの細かい雪が舞いながら落ちてくる光景が好きではなかった。この雪の降り方が、俺の大切な人が亡くなった日の降り方に似ているからだ。車庫に入る途中、電線に積もった雪が落ちてきて俺の頭を叩いた。まるで誰かに怒られたかのようだった。二羽のカラスが飛び立って、街路樹の雪を払い落とす。天高く女の泣き声のような白鳥の声が聞こえているのに、曇天に紛れてその隊列は姿を見せてはくれなかった。

俺はそそくさと車に乗り込み、スーパーに向かう。途中母が乗っているデイサービスの車が、別の家に停まっているのが見えた。この町だけでもいかにデイサービスを利用している人が多いのかが分かる光景だった。


 この車社会で「近所のスーパー」と言えば、車で二十分くらいかかるのだ。昨日、気温が高く雨が降ったせいか、雪がざらめ状になっていた。この砂地のような道路は、圧雪状態の道路よりハンドルを取られやすい。さらに歩道と車道の間に壁ができ、いつ人が飛び出してくるかも分からないから、神経を使う。最近ではこの状況を悪用した当たり屋がいるという噂まであり、俺は腹を立てていた。一つ間違えば、人間は簡単に死んでしまう。だからそんな自殺まがいの無責任な行為を許すことはできなかった。この世には、生きたくても生きられなかった人が沢山いるのだから。


 駐車場に車を停めてバックヤードに入り、休憩室の隣にあるロッカールームで作業着を着て、マスクと帽子を装着すると、ほとんど目しか見えない。その上にこのスーパーのイメージカラーである濃い緑色のエプロンをつける。カードで出勤をスキャンして、手洗いを一分以上、二回行う。その上でアルコールで手を擦る。切れ端などの混入を見つけやすくするために、青い色のビニール手袋をして、白米と容器をセットする。


 俺の仕事は、デリカでひたすら弁当を作り続けるというものだ。


 デリカとは、一般的に「惣菜コーナー」と呼ばれているところである。客からは見えないが、HOTとCOOLに分かれている。俺は弁当作りが専門なので、大きなフライヤーやコンベクションという熱風調理機があるHOTだ。一方、COOLでは寿司などの生ものを扱っていた。俺は仕様書と呼ばれるレシピと計画表を見ながら、何を何時まで出すかを確認する。そして、計画書通りの順番で、弁当を作ってはバーコードを貼り、売り場に出す。俺の他のデリカのパートは全員、俺とは一回り以上年上の女性たちで、チーフだけが男だった。チーフは何故か、俺を目の敵にしている。


 おそらくそれは、俺が店に協力的でないことに起因しているのだろう。このスーパーは、巨大なデパートの傘下にある、全国チェーンの店だ。そのため、同じ系列のスーパーが各都道府県の各市町村に乱立している。エプロンと同じ色がイメージカラーで、ロゴは深緑によく映える白い葉っぱだ。売り場もマニュアルも共有しているから、統一感がある。確か社是は「どこでも同じ快適お買い物空間を、どんなお客様にも」だったか。お客様第一主義の割には、身内である社員には厳しかった。各店舗は親であるデパートから達成目標が与えられたり、ランク付けされたりする。特に行事ごとの売り上げ目標は、店員一人一人の「協力」によって、支えられている。一月は正月のおせち料理。二月はバレンタインのチョコレートと、恵方巻き。三月は雛の節句の関連商品。これまでになかったイースターやハロウィン、ワインの関連商品まで、「協力」させられる。挙句の果てに、これと言って行事がないから何かの商品の箱買いも「協力」することもある。十二月のクリスマスケーキは一人五個以上とか、五千円分とか、一人では食べきれない物を「協力」することもある。これはあくまでも「協力」であって、「強制」ではない。ただ、「協力」と言っていながら、事務所に各部門の売り上げが上に伸びる棒グラフの形で貼り出される。俺は様々な理由から、「協力」ができていなかったし、大貫おおぬき店長も大目に見てくれた。つまり、俺一人が免除されている分、デリカ部門の他の人にしわ寄せが行って、同僚からもチーフからも嫌われているのだ。


ビイビイとけたたましくコンベクションが鳴る。毎日、最初に作るカツの部分が出来上がったのを知らせているのだ。そのスーパーの弁当の質を知りたかったら、かつ丼を食べることだ。カツ丼だけは一から店で作っているからだ。そして裏を返せば他の弁当を食べても、その店の味は分からない。他の弁当のほとんどは、冷凍食品を組み合わせているに過ぎないからだ。俺はミトンでロースカツが並んだ鉄板を、急いでコンベクションから取り出す。いつまでもビイビイ鳴らしておくと、「うるさい!」と怒鳴られるからだ。二百グラムの白米に、次々とカツを乗せていく。六分に一つの弁当を作らなければ、十二時の昼食の時間に間に合わない。一番手のかかる「のり弁」があってもなくても、必ず六分に一つの弁当を完成させる。それが俺の仕事だ。


 だから俺は一人で淡々と、黙々と、機械のように弁当を作り、時間内に所定の売り場に並べる。きっと俺の代わりはいくらでもいる。それが俺の仕事だ。しかしそれを意識していると無性に悲しくて虚しくなるので、なるべく何も考えないようにしている。大丈夫だ。何も考えなくても、仕様書を見れば体は勝手に動く。




 これが俺の日常であり、現実だ。




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