第71話

しかしキャンディスの姿はなく、バイオレット宮殿の書庫にいるとホワイト宮殿の侍女から聞いたヴァロンタンがここまで来たらしい。


それを聞いたキャンディスは震えが止まらなかった。


(約束をキチンと守れないなんて皇女としてありえないわ。なんて失敗をしてしまったのよっ!わたくしのプライドがぁ……)


失敗続きでキャンディスのプライドはボロボロだった。


(あの剣……本当は約束を守れなかったわたくしを斬り殺すものだったの!?)


今になって書庫に剣を持って訪れた理由が判明してしまい、キャンディスは愕然としていた。

それに記憶を引き継いでいるキャンディスはヴァロンタンに死ぬほど嫌われていると思っている。

故にそう信じきっていた。


リュカもアルチュールも小刻みに震えるキャンディスを気遣ってくれたのか、両脇から挟むように手を握ってくれた。

そのまま三人で手を繋ぎながら、ユーゴの後に続いてバイオレット宮殿の広い廊下を移動する。


以前、キャンディスがヴァロンタンに呼び出されて居眠りした部屋ではなく、来客用の広い部屋に通されて三人で並んでソファに腰掛けると、扉から侍女たちが現れてテーブルに置かれる三段のアフタヌーンスタンド。


次々に並べられていくお菓子やケーキ、カップに注がれる温かい紅茶を三人で眺めていた。


アルチュールは豪華な食べ物の数々に目を輝かせている。

キャンディスがアルチュールが興奮しているのを見て落ち着くように促す。

リュカは初めてバイオレット宮殿に呼ばれたキャンディスのように背筋をピンと伸ばしながら姿勢よく座っていた。


そんな時、ヴァロンタンと大量の資料を持って現れたユーゴを見てリュカとキャンディスは立ち上がり頭を下げる。

呆然としているアルチュールを立たせようとするが、ヴァロンタンが片手をヒラリと上げたことでキャンディスの体から力が抜けていく。


ドカリと音を立てて三人が座っている前のテーブルに座るとペラペラと資料をめくり始める。

キャンディスたちがヴァロンタンの言葉を待っていると、こちらに視線を一瞬だけ送ったあとに、いつもと同じ「食え」の一言。

リュカが緊張からゴクリと喉を鳴らす中、アルチュールは小さな手を伸ばしてケーキを指さしている。



「これ、キャンディスお姉様がくれたおいしいやつですよね!」


「…………ッ!」



キャンディスがあの後、ケーキを持ち帰ったことがバレてしまうのではないかと肩を跳ねさせる。

しかし興味なさげに資料に向けられている視線にキャンディスはホッと息を吐き出した。


リュカは緊張からか、食器を擦れさせて音を立てては「僕はなんてダメなやつなんだ」と落ち込んで泣きそうになっているではないか。

キャンディスは苛立ったのもあるが「リュカお兄様、しっかりしてくださいませ!」と気合いを入れるようにリュカの背を叩く。

リュカはハッとした後に「ご、ごめん!」と言って姿勢を正していた。


アルチュールは皿に山盛りになるほどにケーキを頼んでいる。

それを止めてから、お茶会マナーを思い出す様に訴えかける。

アルチュールはシュンと肩を落とした後に、大人しくゆっくりとケーキを食べ始めた。


キャンディスが二人の面倒を見た後に顔を上げると、資料を持ちながらこちらを見るヴァロンタンの姿。

バイオレットの瞳と目があったキャンディスはあることを悟る。


(わ、わたくし、また試されているんだわ……!)


キャンディスはすぐに固い笑顔を浮かべると、できるだけ粗相のないように振る舞っていた。

リュカもガタガタ震えながらなんとか紅茶を飲んだり、お菓子を口に運んだりしていたが緊張が解れてきたのか次第に笑みが漏れる。

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