第70話


(ユーゴやアルチュールの本当の姿を知ろうとしなかったもの)


キャンディスはギュッとワンピースの裾を掴んで口を開こうとするとユーゴが人差し指を自分の唇に当てていることに気づく。


(何も言わなくていい、ということ……?)


キャンディスが声を出すことなくマリアはこちらを鋭い視線を向けると、親指の爪を噛みながら書庫から出て行ってしまった。


(わたくしは今まで人を傷つけてばかりでリュカお兄様とアルチュールを満足に守ることもできないなんて……情けないわ)


なんだかうまくいかないことばかりで悔しくなる。

現実は思い通りにならないことばかりだ。

失敗ばかりで落ち込んでしまうが、それよりもリュカに謝らなければいけないと後ろを振り返った時だった。



「リュカお兄様、ごめんなさ……っ」


「キャンディス!」


「……っ」



リュカに抱きしめられてキャンディスは驚き目を見張る。

少し大きな体がキャンディスを包み込むように抱きしめている。

何故リュカが嬉しそうなのかわからずに首を捻る。



「あの……リュカお兄様?」


「ありがとうっ」


「で、ですがわたくし余計なことを言ってしまいましたわ!ご迷惑を……」


「ううん。いいんだ」



よくわからないままキャンディスはリュカに抱きしめられていた。

そしてアルチュールもしがみつくようにキャンディスに掴まっている。

三人でぎゅうぎゅうになりながらまとまっていると、ヴァロンタンが剣を仕舞うカチャリという音が聞こえて、三人で上を見る。


リュカとアルチュールから「ひっ!?」と引き攣った声が漏れた。

しかしキャンディスはまたヴァロンタンに助けてもらったことを思い出してペコリと頭を下げる。



「皇帝陛下、助けてくださりありがとうございました」


「……」


「あの……」



何も言わずにこちらを見ているヴァロンタンを前に三人で戸惑っていた。

じっとこちらを観察するようにこちらを見ている。

リュカやアルチュールの怯えている反応を見る限り、ヴァロンタンとの関わりはないのだろう。

気まずい沈黙が流れる。

キャンディスが何を言おうかと迷っていると、いつの間にかユーゴが書庫に戻ってくる。



「マリア様には暫くブルー宮殿に近づかないように言いましたが、私の言うことは無視するでしょうから改めて指示を。それと教皇サマには手紙を送ってくださいね」


「……ん」


「あーあ、また見事に殿下たちを怯えさせてますねぇ」



ユーゴがいるだけでパッと空気が明るくなったような気がした。

リュカとアルチュールの肩から少しだけ力が抜けたのがわかった。



「折角ですし、皆さんを呼んだらどうですか?」


「……そうだな」



そう言ったヴァロンタンは背中を向けて書庫の外に歩き出してしまった。

キャンディスたちはポカンとしたまま固まっていた。

扉からは申し訳なさそうな護衛と心配そうなジャンヌやエヴァやローズがチラリと顔を出す。

キャンディスたちはぎゅうぎゅうにくっついていた体を離すと、ユーゴが散らばった本を素早く積み上げてから三人の前に立つ。



「どうぞこちらにいらっしゃってください。皇帝陛下がお呼びです」


「……あっ!」



ユーゴのその言葉を聞いて、キャンディスは自分が今日、ヴァロンタンに呼び出されていたことを思い出す。

青ざめていくキャンディスにユーゴが「いつまで待ってもキャンディス皇女がいらっしゃらないので、皇帝陛下がこちらに来たのですよ」と説明してくれた。


約束の時間になっても訪れないキャンディスをユーゴとヴァロンタンはホワイト宮殿にキャンディスを迎えに行ったそうだ。

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