第63話
意外な答えにキャンディスは目を丸くした。
「僕が幼い頃に咳が治らなくてね……祈っても治らない咳をブルー宮殿の医師がコッソリと治してくれたんだ」
「……!」
「その時に僕も医師のようになりたいと思ったんだ。でも僕がこの道に進むことは絶対に許されない」
「……!」
リュカは教皇の娘の子供で第二皇子でもある。
もし皇帝にならなくても、教皇になる可能性や神官になる可能性がある。
(意外だわ……人を苦しめるのではなく、この頃のリュカお兄様は人を救いたいと思っていたなんて)
キャンディスはこの頃、リュカにほとんど会ったことはない。
オドオドしているリュカを勝手に軽蔑していたし、大きな式典で顔を見るくらいで興味もなかった。
(祈るだけでは病は治らない……随分と現実的なのね)
リュカはキャンディスよりも二つ上の七歳だ。
それなのに自分の目的や夢をはっきりと定めている。
意外な内面にキャンディスは好感を持ちつつあった。
「でもどうしても諦められなくて、こうして知識だけは入れておきたいって思ったんだ」
リュカは真剣な顔でそう言った。
キャンディスは黙って話を聞いていた。
(まさかリュカお兄様がこんなことを言うなんて……)
成長するにつれて雰囲気は暗くなり、毒の研究をしている根暗なイメージしかなかったせいか、キラキラした瞳で夢を語るリュカは別人のように見えた。
幼い頃のリュカは大人しくて照れ屋な美少年だ。
本で多くのことを学んでいるからか大人びていて現実的。
この姿から数年経つと部屋に閉じこもるようになりまったく出てこなくなってしまうなんて想像できない。
しかしルイーズが現れたことで少しずつ心を開いていくのだ。
(リュカお兄様に何があったのかしら……)
キャンディスはマクソンスを追い詰めるためにリュカを利用したが、それまで歩んできた道のりは交わることがなく一切知らないままだ。
キャンディスは自分が愛されることに必死で周りが見えていなかったのかもしれない。
「リュカお兄様は素晴らしい夢をお持ちですわね」
「……え!?ば、馬鹿にしないの?」
キャンディスはリュカの言葉に首を傾げた。
気持ちを聞いた後では馬鹿にしようなど思うはずもない。
キャンディスは目的のために突き進もうとする姿を嫌いになることはできなかった。
(だって、わたくしだってそうだったもの……)
キャンディスは十二歳まで母親に会うためだけに頑張っていた。
母が亡くなってからは父からの愛をひたすら求めてきたのだ。
それを馬鹿にしてしまえば以前の自分を否定することになってしまう。
リュカも立場故に叶わない夢を追いかけている。
馬鹿になんてできるはずもない。
それに今だってキャンディスは自分の目的のために頑張っているのだ。
「馬鹿になんていたしませんわ。わたくしも先日は医師に救われました。そのありがたみは身に染みていますわ」
実際、痺れ薬が後遺症もなく早く解けたのは医師たちのおかげだろう。
時が戻る前までは医師すらも見下していたキャンディスだったが、今は違う気持ちで物事を見ていた。
そもそも病などにかかったことがなく医師たちと関わったことがないだけなのだが。
キャンディスがそう思えるようになったのもアルチュールやエヴァやローズ、ジャンヌのおかげかもしれない。
リュカは「やっぱりキャンディスはすごいな」と言って感激している。
しかしすぐに現実に気づいたように肩を落としてしまう。
「でも……僕は医師にはなれない」
その言葉にキャンディスは首を傾げた。
「あら、どうしてですか?」
「君も僕の生まれを知っているだろう!?」
「えぇ、それは知っていますけれど」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます