第60話
それからユーゴはいつものようにテーブルに散らばった資料をかき集めている。
キャンディスはこの後、また一人で過ごさなければならないと思うと気が滅入る。
もうホワイト宮殿に戻ってもいいか聞いてみようと問いかける。
「……ねぇ、ユーゴ」
「なんでしょうか」
「わたくしもう体調もいいですし、ホワイト宮殿に戻ってもいいかしら」
「私としましてはいつまでもここにいて欲しいですねぇ。皇女様がここにいる間、バイオレット宮殿は穏やかなので皆が驚いていますよ?」
「どうしてわたくしがいると穏やかになるのよ?」
「それは皇帝陛下の機嫌がびっくりするくらいいいから、としか言いようがないですねぇ」
ユーゴがしみじみと呟いている。
しかしキャンディスがユーゴの言葉を笑い飛ばすように言った。
「わたくしがいたら皇帝陛下の機嫌がいいなんてありえませんわ!気のせいじゃないかしら」
「それは……どうしてそう思うのでしょうか?」
「だってわたくしは皇帝陛下に嫌われているもの」
「……!」
それにはユーゴが驚くように目を見張っている。
キャンディスは自分が愛されるわけがないと決めつけているため、当然だと思っていた。
(わたくしがいたら機嫌がいいなんて天地がひっくり返ってもありえないわ)
自分でそう思っていて切ない気分になる。
暗いことばかり考えてしまうため、キャンディスは気分をあげようと皆の顔を思い浮かべながら呟いた。
「アルチュールもジャンヌも心配だわ。エヴァとローズと早く会えないかしら」
「…………。何故、皇女様はアルチュール殿下と急に仲良くなったのですか?」
「え……?」
「私を含めてアルチュール殿下を嫌っていたではありませんか」
ユーゴの一歩踏み込んだ質問にキャンディスの心臓はドクリと音を立てた。
キャンディスはユーゴの問いに答えるために口を開く。
「確かに前は嫌っていたけど……でも今は心を入れ替えたのよ」
ありきたりな理由で適当に誤魔化そうとしたが、ユーゴはまったく納得していないようだ。
彼の貼り付けたような笑みを見ながら、これは本当のことを言わなければ解放されないのではと思う。
あまりのキャンディスの変貌ぶりにユーゴは疑問を抱いているのかもしれない。
キャンディスはユーゴをまっすぐに見据えた。
「というのは冗談で……本当はね」
「はい」
ユーゴはこちらを観察するように見ながら目を細めた。
キャンディスは大きく息を吸ってから吐き出した。
「───死にたくないからよっ!」
「……はい?」
「わたくし、あのままだと死んでしまうの!」
「えっと……」
キャンディスの答えが意外だと言わんばかりにユーゴは困惑している。
しかし我儘放題していればキャンディスは悪の皇女になってしまう。
死に向かって一直線だ。
ルイーズが現れたことで決定打となってしまった。
利用された部分もあるが、今までのことを考えると自分が悪いとわかる。
今回、キャンディスははじめて人のぬくもりや優しさを知った。
まだまだわからないことや人と感性がかなりズレていると思うこともあるが、少しずつ何かが変わっているような気がした。
だからこそ死なないためには今までと真逆の行動をとらなければならない。
「わたくしは今までと反対のことをして幸せを掴むの。今度こそ……っ」
「キャンディス皇女様、それは答えになっておりませんが」
キャンディスは大真面目である。
今までと同じように振る舞えば間違いなく同じ道を辿っていただろう。
キャンディスは自分が死なないために、アルチュールやエヴァやローズと仲良くしているつもりだった。
しかし最近はいなくてはならない人物だと思っている。
「本当は皇帝陛下ともあまり関わりたくないのだけれど……」
「皇女様、それは本人の前で絶対に言ってはいけませんからね?」
「あら、どうして?皇帝陛下だってそう思っているはずよ」
「この件については後々、説明させていただきます」
「……?わかったわ」
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