第59話


「つ、つまりは自分の未来のためにがんばりたいと思ったのですわ!」



キャンディスがそう言って誤魔化そうとしても遅かったようだ。

何故か不機嫌そうなヴァロンタンにキャンディスはユーゴに助けを求めるように視線を送る。

しかしユーゴの表情はいつもと同じようにニコリと笑ったままだ。

気まずい沈黙が流れる。



「勝手に外部の者を俺の許可なくホワイト宮殿に入れることは許さない。たとえラジヴィー公爵であってもだ」


「……!」


「ユーゴ、身元が確かでラジヴィー公爵の息のかかっていない講師を数人を連れてこい」


「かしこまりました」


「それから療養しているリナにはラジヴィー公爵を通さずにこちらから連絡をとれ。キャンディスが会いたがっているとな」


「はい」



ユーゴが近くにあったベルを鳴らすと数人の侍女たちが現れて複数人に指示を出している。

するとヴァロンタンは無表情のまま両手でキャンディスの頬をプニプニと触っている。



「これでいいな?もう勝手なことをするな」


「ひゃ、ひゃい……わはりまひたわ!(わかりましたわ)」



ほっぺを摘まれながらでは喋りづらい。

しかしヴァロンタンが一言二言発するだけで、あっという間にキャンディスが抱えていた問題を解決してしまったことに驚いていた。

それに加えてラジヴィー公爵が勝手にホワイト宮殿を出入りできないというおまけ付きである。

キャンディスは喜びから部屋中を駆け回りたくなった。


(やったわ!なんだかよくわからないけど、お祖父様がわたくしに会うためにお父様の許可が必要だなんて最高でなくって?信じられないっ!)


キャンディスはあまりの嬉しさにヴァロンタンの方を向く。

ほっぺを摘んでいた手が外れて不機嫌そうなことにも気づくことなく満面の笑みを浮かべた。



「ありがとうございます、お父様!このご恩は一生、忘れませんわ!」


「……!」


「わたくし、これからも自分を高めていくためにがんばりますから」



ヴァロンタンは今までに見たことがないような驚いた顔をしていた。

暫くの沈黙の後にキャンディスは首を傾げる。

そして己の失言に気づく。


(つ、つい……お父様と呼んでしまったけれど気分を害してしまったかもしれないわ)


気分が高揚して〝皇帝陛下〟ではなく〝お父様〟と呼んでしまった。


(そうだわ、謝ればいいのよ!謝ってなかったことにしてもらいましょう)


キャンディスが怒られてしまうかもしれないと思い、視線を送ると表情はいつものように戻ってしまった。

今がチャンスだとぺこりと頭を下げた。



「もっ、申し訳ございません!皇帝陛下」


「……もう一度、言ってみろ」


「え……?」


「…………」


「ありがとう、ございます?」


「違う」


「申し訳ござ……」


「違う」



キャンディスは考えた結果、恐る恐るある言葉を口にする。



「……お、お父様?」


「もう一度だ」


「お父様」



キャンディスがそう繰り返して言ってもヴァロンタンに特に表情の変化はない。

何か間違えたかもしれないと困惑していたキャンディスだったが、ヴァロンタンは頬から手を離して背を向けて去っていく。


(い、今のは何の意味があったのかしら……もしかして不愉快になるかどうかを確かめていたのかしら)


ついに心の声と同じように「お父様」と呼んでしまったのだがやはりよくなかったのかもしれない。


(次は絶対に皇帝陛下とお呼びしないと……!)


絶対に愛されることはない。

それはキャンディスに呪いのようにこびりついていた。

キャンディスは泣きそうになりながらユーゴを見ると「頬が赤くなってしまいましたね」と、言って困ったように笑っている。


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