第44話
だが書庫の帰り道に蘇る大失態の思い出。
(あの時、ちゃんと前を向いて歩いていたら、こんなことにならなかったのかもしれないのに)
朝食を食べ終えてアルチュールをもう一度抱きしめていた。
(わたくし、必ず生還してみせるわ……!)
そう心の中で決意する。
何よりこの段階で死ぬのだけは絶対に嫌だと思う。
(いい皇女への道に向かっているのに、こんなところで諦めちゃいけないわ。この帝国を出るまで、わたくしは死ねないのよ!)
そんな決意を胸に部屋に戻り、バイオレット宮殿に向かう準備を行った。
寝不足のためかエヴァとローズが準備をしてくれている間、キャンディスはずっとウトウトしていた。
(子供だからかしら。とても眠たいわ。どうしてこんなに眠気が我慢できないのかしら……たった一晩を起きていただけなのに)
大きなあくびをしているとエヴァに「行きましょう」と声をかけられてフラリと立ち上がる。
もし何かあった時に全力で逃げられるようにとシンプルなドレスを着用する。
少しでも生存確率を上げるためだ。
「可愛らしいドレスがいっぱいあるのにもったいないですよ」
「万が一にでも何かあった場合には困るでしょう!?」
「ジャ、ジャンヌさんも言っていましたが、皇女様の考えすぎではないですか?」
「意外と大丈夫だったり……しないかもですが、私たちがついてますから!」
「そうです!私たちがお守りしますっ」
「最後まで皇女様と一緒ですから!」
「エヴァ、ローズ……!」
エヴァとローズはキャンディスを励まそうとしてくれているのだろう。
表情と言葉が合っていないが、二人の気遣いに感謝していた。
キャンディスたちが緊張して震えながらバイオレット宮殿に向かう途中、中庭が見えてきたところで腰に剣を携えたマクソンスとすれ違う。
今回は挨拶をすることなく無視してそのまま横を通り過ぎた。
今は彼に笑顔で話しかける余裕もない。
マクソンスもキャシディスに興味がないのかスルーだ。
(今日も訓練場に行くのかしら……)
こうして改めて気づくことがあるとすればマクソンスは己を鍛えるために幼い頃からずっと努力していたようだ。
行動範囲が広がったことで、他の兄弟たちが幼い頃に何をしていたのかが見えてくる。
(今まではお母様とお父様に愛されることしか考えていなかったけど、やっぱり話で聞くのと自分の目でちゃんと見るのとでは何もかも違って見えるのね)
そんなことを考えながらキャンディスはバイオレット宮殿へと足を踏み入れた。
エヴァとローズも一緒だが、ホワイト宮殿よりもずっと広い宮殿ではどこに行けばいいかわからない。
誰かに案内してもらおうにもシンと静まり返った廊下には誰もいないではないか。
「時間通りですね!」
「──ギャアアアッ!?」
「「……ひっ!」」
先ほどまで誰もいなかかった場所に音もなくユーゴが現れたことでキャンディスは悲鳴を上げながらエヴァとローズの体に思いきりしがみつく。
三人で団子のように固まりながらユーゴを警戒していた。
心臓はバクバクと脈打っている。
ユーゴは驚いている三人を見て目を丸くしていたが、何もなかったように笑みを作った。
「ごきげんよう、皇女様。今日も大変可愛らしいですね」
ユーゴの言葉にハッとしたキャンディスは咳払いをして体勢を整えてから言葉を返す。
「あ、ありがとう……嬉しいわ」
「……!」
ユーゴが一瞬だけ驚いていたとも気づかずにキャンディスは自らを落ち着かせるように深呼吸をしていた。
そしてユーゴは「こちらへどうぞ」と言って足を進めていく。
広い宮殿の中を置いていかれないようにキャンディスも歩幅を大きくしてついていく。
ユーゴはわざとなのか早足で歩いてあるが、キャンディスも文句を言うことなくついていく。
いつもならば「わたくしに合わせなさいよ!クソが。使えないわね」と騒ぐキャンディスだが、もうこの程度のことで怒ったりしない。
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