第45話


(わたくしは大人になったんだから、このくらい平気よ!)


辺りを見回してみてもホワイト宮殿よりも更に上をいく煌びやかさにキャンディスは言葉が出なかった。

高そうな壺に、壁には天使や神、男女が裸で絡み合う絵画が端から端まで描かれている。

宮殿の端、ユーゴが護衛に声を掛けつつ一際大きい扉の前で足を止める。



「キャンディス皇女殿下だけお部屋の中にどうぞ」



ユーゴの言葉にキャンディスは大きく肩を跳ねさせた。

そしてエヴァとローズにしがみつくように抱きついた。



「エヴァ、ローズ……!」


「私たちは皇女殿下の無事を祈っておりますからっ」


「……っ、必ず無事で帰ってきてくださいね!」


「二人共、今までありがとう!二人と過ごした日々は忘れないからっ」



そんなキャンディスとエヴァとローズを見ていたユーゴは口元を押さえて笑いを堪えている。

まるで戦地へと赴いていく前のようではないか、と。

そんなユーゴに気づくことなく、キャンディスは気合いを入れるために頬を軽く叩いて部屋の中に向かった。


しかしヴァロンタンはまだ部屋の中におらずにキャンディスは固い体から力が抜けていく。

ホッと息を吐き出していると、そのまま促されるようにして大きなソファへの前へ。


ユーゴを見上げると彼はニコリと人当たりのいい笑みを浮かべている。

全体的に線が細く柔らかい雰囲気を持つユーゴだが、噂では人をゴミのように薙ぎ倒していく猛者だそうだ。


キャンディスも今ならば唯ならぬユーゴの身のこなしや動きに気づくことができる。

よくあんなにユーゴを馬鹿にしていたのに暗殺されなかったかと不思議なくらいだ。


(今回はユーゴに偏見を持たずに優しくするのよ!アルチュールと同じように馬鹿になんてしないんだから)


いざとなったらユーゴに助けてもらえるように味方にするのはどうかと考え込んでいたのだが、そんなキャンディスの心を見透かしたかのように「もうすぐ皇帝陛下が参りますので、少々お待ちください」と言って、ユーゴはどこかに行こうとしてしまう。



「待って、ユーゴ!」


「皇帝陛下はこの部屋に誰かがいることを嫌うので、私もすぐに出ていかなければならないのですよ」


「ガッ……!?」



爽やかに笑いながら言ったユーゴにキャンディスは顎が外れそうなほどに驚いていた。


(そんな危険な部屋にわたくしを一人で置いていくつもりだというのっ!?)


変な声が出てしまったせいで咳き込んでしまったキャンディスはユーゴを引き止めることができずに置いていかれてしまう。

無情にもキャンディスの前で扉は閉まってしまい、仕方なくソファによじ登るようにして腰をかける。


(お父様のお部屋に入るなんてはじめてだわ。何も置いていないシンプルな部屋なのね。もっとギラギラして豪華なのかと思った)


以前ならば飛び跳ねるほど喜んだ父親の部屋への訪問も今では恐怖でしかない。


ソファとテーブルのシンプルな部屋に取り残されたキャンディスはヴァロンタンが部屋に現れるまで大人しく待っていた。


しかし、いつまで経っても現れない。

キャンディスは緊張からソファに座りながらドレスの裾を汗ばむ手のひらで握りながら耐えていた。

過ぎていく時間……キャンディスはふと、あることに気づいてしまう。


(わたくし、もしかして試されているのかしら!?)


部屋で待つ態度を見て、キャンディスを殺すか殺さないかを見極めていると勝手に想像していた。

ドコドコと飛び出してしまいそうな心臓を押さえて待っていたキャンディスだったが、昨日からずっと張り続けていた緊張の糸はついにプツリと切れてしまう。


(もう……わたくしには無理よぉ)


姿勢よく座り続けていたが、キャンディスは横に倒れ込む。

ノックの音が聞こえたらちゃんとすればいいやと思い、ソファにあったフカフカなクッションに寄りかかった。

柔らかいクッションのおかげか、息苦しさから解放されたキャンディスは深呼吸する。

更に気持ちを落ち着けようと隣にあるクッションを抱き込む。


(信じられないわ……とてもふわふわで気持ちいいわ)


モチモチとした肌触りのいいクッションはキャンディスの体を包み込む。

大きな窓から差し込むのは温かい太陽の光。

静かな空間に身を置いていたからか次第に眠気が襲ってくる。


(だめ、だめよ、キャンディス!こんなところで寝たら終わりなんだから……キャンディス……がんばっ……て)


昨日の夜、眠れなかったせいでキャンディスはその場でクッションに寄りかかって爆睡してしまう。


そのすぐ後にヴァロンタンが部屋に入ってきたとも知らずに……。

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