第36話


「はぁ……」


「キャンディスお姉様、どうかしたの?」


「なんでもないわ」



心配してくれるアルチュールの頭を無意識に撫でてしまい、ハッとしたキャンディスはすぐに手を引っ込める。


(このわたくしが、こんな子に絆されるなんてありえないんだからっ!)


そう思っているが着々と絆されているどころかキャンディスの方がアルチュールと共にいることに安心感を覚えている。

最近ではアルチュールと何をするにも一緒なのがその証拠だ。

初めて感じる温もりを手放せないのだが、キャンディスはそれを認められずに違うと言い聞かせていた。


そしてアルチュールは頭をもっと撫でてと言わんばりにキャンディスの手を握る。

ぷにぷにした手に触れながらキャンディスはヘラリと笑みを浮かべてしまう。


そして周りで変わったことがもう一つある。

ベテラン侍女のジャンヌと一緒にいるからか、エヴァとローズの侍女としてのスキルはメキメキと上がっていったことだ。

ジャンヌはキャンディスがアルチュールと過ごしている間、恩返しと言わんばりにエヴァとローズに色々と指導してくれている。

そのおかげで二人は失敗することがなくなり、キャンディスもイライラすることが減っていた。

こんなことはすぐに侍女をやめさせていた時には考えられなかったことだ。


ラジヴィー公爵にも言った通り、最近では二人を姉のように思う。

口答えではなくキャンディスを心配してくれて言っているのだと納得できたし、いい皇女になるためにたまには意見を聞いてやろうと思っていた。


アルチュールと重厚感のある書庫の扉の前へと到着する。

バイオレット宮殿の書庫というからそれなりのものを想像していたが、やはり子供の目からするとかなり大きく威圧感がある。

大きな扉を見てキャンディスはゴクリと喉を鳴らした。


そして書庫の前には護衛騎士が一人立っていた。

誰か中にいるのかと思ったが特に気にすることなく、キャンディスは声をかけた。



「ちょっといいかしら」



ボーっとしていた護衛騎士はハッとした後に視線を下へと向ける。

そしてキャンディスに気づいて慌てて頭を下げた。



「こっ、皇女様……何故ここに!?」


「扉を開けて欲しいのだけれど」


「ですが中に今はその……」



渋い顔をしている護衛騎士は書庫の中に視線を送っている。


(中に誰かいるのかしら……?)


だがキャンディスとアルチュールはここに辿り着くまでにかなり歩いた。

四歳と五歳の足ではだだっ広い宮殿を歩くだけでも大変だ。

ここでなんの収穫もなく引き下がるわけにもいかずに、キャンディスがにっこりと笑みを浮かべながら扉を指さすと、護衛騎士は迷っていたようだが渋々扉を開けた。


壁一面に本が並べられて、下から上までびっちりと本が詰まっている空間に感動していると、隣にいるアルチュールが「うわぁ……!」と声を上げた。

そして大きなテーブルの上に本が積み上がっている隙間から見える小さな影。

キャンディスは名前を呼ぶ。



「リュカお兄様……?」


「──わあああっ!?」



リュカは驚いたのか大声をあげながらひっくり返ってしまう。

それと同時に積み上げられた本がバサバサと音を立てて落ちた。



「いたた……っ」



キャンディスとアルチュールが慌ててリュカの元に駆け寄り、上に覆い被さっている本をどかしていく。

キャンディスの真似をしてかアルチュールも一生懸命、分厚い本を持ち上げては横に置く。


リュカは腰を押さえながらゆっくりと体を起こした。

キャンディスが「大丈夫ですか?」と言って手を伸ばすとスッと視線を逸らしたリュカは頬をほんのりと赤く染めながらもキャンディスの手を掴んだ。

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