第14話


名前を聞くだけで怯えて震える侍女を見て、いい皇女への道が遠いことを悟る。

それと同時にうまくいかない苛立ちをぶつけようと紅茶のカップを持ち上げてからハッとして、頭を押さえる侍女たちを見て唇を噛んだ。

ここにいたいのならこのようなことをしてはいけないと、それだけはわかる。


自らを落ち着かせたキャンディスだったが、咳払いをして気持ちを切り替える。

今後、身近にいる予定の二人にはいちいちキャンディスに怯えることなく過ごしてもらわなければならない。



「コホン……わたくしね、先ほど頭を打って目が覚めたの。これからは、わがままは言わないわ。それから……」



キャンディスは『悪の皇女』と呼ばれていた。

そして悪の皇女の反対を考える。


(悪の皇女の反対は……)


キャンディスは顔を上げて目を輝せて言った。



「──今日から〝いい皇女〟になるわ!」


「いい、皇女様に……?」


「え……っと」



戸惑っている侍女たちに「何か文句あるかしら?」と、問いかけると首を横にブンブンと振っている。



「本当に、いい皇女様に?」


「えぇ、本当よ!だからわたくしはあなたたちがくっだらない失敗をしても辞めさせたりするつもりはないわ。だから名前を教えてちょうだい」



キャンディスがにっこり笑って二人に手を伸ばす。

顔を見合わせて、まだ疑っている二人に「わたくしの言っていることが聞こえた?」と問いかけると飛び起きるようにして立ち上がった。


侍女たちの名前はエヴァとローズ、二人は双子の姉妹で宮殿に入ってすぐにキャンディスの世話を任されたらしい。

眼鏡をかけた細身の侍女は若くして侍女長だったらしく「あんなに若くして侍女長なんて不思議ね」と言うと、前の侍女長を解雇したのはなんとキャンディス自身だったのである。


(記憶がないわ……!そんなことしたかしら)


理由は些細なことで、侍女をやめさせてしまうキャンディスに抗議したから、だそうだ。

自分がこんな幼い頃から横暴な振る舞いをしていたかと思うと今更ながらに震えが止まらない。

まだ誰も殺してないだけマシだと思うべきだろうか。


十歳を過ぎてレイピアが使えるようになったことにより、キャンディスの攻撃性はますます増していくことになる。

ホワイト宮殿は血に染まり『悪の皇女』と呼ばれるのも致し方ないような気がした。


(わたくし、どうしてこんなことをしてしまったのかしら……)


何をしても誰もキャンディスを咎めることはない。

何が正しくて何が間違っているのかいないのか、それもわからない状況でキャンディスは権力だけは持っていた。

一度死んだ今は自分がやっていたことがすべて間違っているように思えてしまう。


まだ怯えているエヴァとローズと共にキャンディスは食事をするために部屋の外へと出た。

豪華絢爛で真新しい宮殿の中をグルリと見回す。

まだシンプルで綺麗だが、キャンディスは兎に角、金を使いまくり様々なものを買っては宮殿内を飾り立てていた。

寂しさを紛らわせるかのように物を買いまくっていたのだが、あの寂れた牢の中に比べたら十分すぎるくらいだ。


(本当に夢じゃない、のよね……?)


この宮殿を見ると本当に過去に戻ってきたのだと実感する。

そしてあんな思いをするくらいならば、今まであったプライドを捻じ曲げてでも、母や父の愛情を得られなくともいいと思えるのだ。


真っ赤な絨毯の上を踏み締めるようにキャンディスは歩いていく。

大人たちがキャンディスを見て深々と頭を下げている。


(当たり前になりすぎて覚えていなかったけど、子供の頃からこんな環境だったのね……自分が一番偉いって勘違いしてしまったんだわ)


キャンディスは長い長い廊下を歩いていく。

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