第15話


兄弟で食事をすることもなかったため、部屋の端まであるテーブルでたった一人で食事をする。


たまにラジヴィー公爵と食事する機会もあったが、自分の理想を延々と語り、キャンディスに対しての説教も含まれていたので楽しい食事とはいえなかった。


他の兄弟たちがどうしていたのかはキャンディスの記憶にないのでわからない。

マクソンスやアルチュールもそうではないかと思っていたがレッド宮殿やブルー宮殿には母親が出入りしていたので一緒に食事をしていたのだろうか。

今まで考えないようにしていたが、キャンディスのそばには一緒に食事をしてくれる人は誰もいない。


(こんなに広い宮殿の中でずっとひとりぼっちだった……寂しいわね)


同じ景色がずっと続いている。

見慣れた光景なはずなのに小さくなったせいで広く感じてしまう。

迷子になることはないがキョロキョロと辺りを見回しながら懐かしさを感じていた時だった。



──ゴチンッ



考え込んで歩いていたせいか、何かに突っかかってキャンディスはバランスを崩して額を床にぶつける。

転んだキャンディスを見て、エヴァとローズがけたたましい悲鳴を上げた。

キャンディスは激しく痛む額を押さえながら顔を上げる。

顔が真っ赤になってしまうほどに激昂していた。


(こんな屈辱、ありえないわっ!木っ端微塵にぶっ潰して……)


躓いたものに怒りを覚えて後ろを振り向くと、そこには小さな塊が見えた。

小刻みに震えてるのが人だと気づいて目を凝らしてみると、イエローゴールドの髪が見えてハッとする。

キャンディスの頭には自然とある名前が思い浮かんだ。


(ま、まさか……アルチュール!?)


そのまさかでアルチュールはキャンディスに気づいたのか、顔を上げてから潤んだピンクパープルの瞳をこちらに向けた。

そして怯えたように再び顔を伏せてしまった。


(このわたくしに怪我を負わせるなんて生意気な……っ!)


いつもならば怒りをぶつけるところだが、ふとアルチュールをキャンディスが殺した時の映像が頭にフラッシュバックする。

ルイーズを守って死んだアルチュールは最期まで笑っていた。


ずっと肩身の狭い思いをして煙たがられていたアルチュールが、馬鹿みたいに笑っていた理由が気になっていた。

どうしていつも笑っているのか、キャンディスよりも幸せそうなのか、その理由はわかることはなかった。


ぶつけた額とズキズキと痛む頭を押さえつつも起き上がる。

エヴァがキャンディスを支えてくれた。


(ここで怒ったらすべてが台無しになってしまうわ。耐えるのよ……キャンディス)


キャンディスは自らを落ち着かせるように深呼吸を繰り返していた。

そしてアルチュールに以前のような笑顔はなく怯えたようにこちらを見ている。

キャンディスはこうしてアルチュールを真正面から見ることはなかったが、こうみるとなかなか小動物のように可愛らしいことに気づく。


クリッとした大きな目も少しウェーブがかかった髪も、小さく丸まっている姿も子犬のようだ。

ふわふわとした髪を撫でたら気持ちよさそうだと思っていると、ローズが慌ててアルチュールの元に駆け出してく。


アルチュールの乳母兼侍女のジャンヌが焦った様子でアルチュールを守るように抱きしめて、エヴァも二人が見えないように手を広げた。


何故、キャンディスの前でこのような態度を取るのか……。

理由は単純、キャンディスがアルチュールを毛嫌いしており視界に入るだけで激昂するからである。


(忘れていたわ。確かわたくしはこの頃、アルチュールをとても嫌っていたんだった……!)

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