第9話
牢の中、冷たい石畳みに座りながら空腹に耐えながら弱っていく。
石やカビが生えたパンを投げ込まれて死を待つだけ。
キャンディスは牢での生活を思い出してガタガタと震えていた。
味方は誰もいないまま、処刑台の上へ。
何度もキャンディスを苦しめるように流れる映像は拷問のよう。
まるで己を戒めろと言われているようだと思えた。
確かに死んだはずなのに子供まで時が戻ってしまうという説明ができないこの状況で、キャンディスができることはただ一つだけ。
(わたくしはもうあんな人生を送るのはごめんだわ……!今度はっ、今度は絶対に誰も殺さないんだからっ!)
キャンディスはこの瞬間にもう誰も殺さないと決めた。
そうすれば自分が死ななくて済む。そう思ったからだ。
それは今まで、道端に落ちている石ころを蹴り飛ばすように当たり前のように人を排除してきたキャンディスにとってはとても難しいことだった。
この名前も知らない二人の侍女はキャンディスが消した大量の侍女の中のほんの一部なのだろう。
気に入らなければ目の前から消すしかない、それしか方法を知らなかったのだ。
キャンディスの記憶が混乱して、自分で転んだことで罰を受けようとしている。
キャンディスは震える侍女たちの元に向かった。
床に額を擦りつけている侍女たちの前に向かい、仁王立ちしたキャンディスはゆっくりと口を開く。
「ひっ……!ごめんなさい、どうかお許しくださいっ」
「申し訳ございませんっ、お許しくださいませ!」
「あなたたち、顔をあげなさい」
「……っ!?」
「こっ、皇女様……?」
二人の侍女たちは涙と鼻水で濡れた顔をあげて縋るようにこちらを見ている。
それが処刑前に父を見た自分と重なってキャンディスは血が滲むほどに唇を噛んだ。
心臓がありえないほどにドクリと音を立てている。
吐き気が込み上げてきて気分が悪くなってしまう。
(……こういう時、なんて言えばいいのよ)
今まで〝いらない〟といえばそれでよかった。
キャンディスは今までの記憶を思い返していた。
しかし牢の中で心から反省したからといって人を許す方法がいきなりわかることはない。
(どうしたら……わたくしはお父様になんて言われたかったの?)
キャンディスはグッと手のひらを握る。
「わ、わたくしは……っ」
皆がキャンディスの言葉を待っているようだ。
自分が父になんて言われたかったのかを考える。
しかし結局は「愛してほしい」以外、思い浮かばない。
誰にも愛されたことのないキャンディスにとって、こんなにも難しいと思うことはない。
キャンディスは必死に今まで経験してきたことを思い出していた。
そしてある言葉を絞り出すように言った。
「あ、あなたたちはそこまで悪くないと思うけど、何か文句あるのかしら!?」
キャンディスの言葉を聞いて細身の侍女の眼鏡がずり落ちて しまう。
それも当然だろう。今までキャンディスの機嫌次第で処罰を受けていたのだから。
「へ……?」
「だ、だから今回のことはわたくしが勝手に転んだだけだから気にしなくていいわと言ったのよ!」
「キャンディス、皇女様……なのですか?」
「わたくし以外に誰がいるというのよ!」
「は、はい!申し訳ございませんっ」
キャンディスは眼鏡の侍女をギロリと睨みつけた。
こんなところで侍女をクビにしてしまえば、また悪の皇女と呼ばれて死刑になってしまうかもしれない。
先ほど記憶が戻ったこともあり、混乱していたキャンディスは必死だった。
どうして記憶を持ったまま時が戻ったのかわからないが、わからないなりに導き出した答えがある。
(わたくしは今まで通りの対応をしていたら死んでしまう……!)
椅子からひっくり返ったことで記憶を思い出したのだとしたら、むしろ椅子には感謝すべきだろう。
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