第8話


(なんで……こんなの冗談か何かでしょう?神様はまたわたくしに罰を与えようというの!?)


どうせならば誰か別の存在に生まれ変われたのならよかったのだ。

怒りからかシーツを握る手が震えてしまう。

奇跡的に幼少期に時が戻っているが、またあの苦しみに満ちた人生をまた繰り返せというのだろうか。


キャンディスはなんでも持っていたが何も持っていない。

いつも心は空っぽだった。

何を買っても、何を手に入れても埋まらない。

これから〝悪の皇女〟として人生を二度も繰り返すのはごめんだった。


キャンディスはズキリと痛む頭を押さえていた。


(これから死ぬ恐怖に怯えながら生きるなんてごめんよ……!どうしてわたくしがあんなクソ女に怯えながら生きていかなければならないのよ!)


キャンディスの頭は苛立ちでいっぱいになっていく。

この気持ちをどうにかしたいと再び起きあがろうとした時だった。


そんな時、部屋の扉が開いた。


キャンディスが頭を押さえながら視線を送ると、二人の侍女青白い顔をしてが大きく体を震えながらキャンディスの前に踏み出した。

髪色は同じアプリコットブラウン、緑色の瞳に目元は吊り目か垂れ目だが二人とも顔がよく似ている。


隣にはキッチリと髪をまとめて眼鏡をかけた真面目そうな細身の女性が無表情で立っていた。



「皇女様、この者たちが皇女様から目を離して怪我をさせた侍女達でございます」


「も、申し訳ございません!どうか、どうか解雇だけはっ」


「私たちはもう行く場所がないんです!私たちをお助けくださいませ……!」


「黙りなさい。皇女様の前ですよ」



膝をついて深々と頭を下げる侍女たちを見て、キャンディスは固まっていた。

眼鏡をかけた細身の女性は確か侍女長だった。

一瞬、何が言いたいのかわからなかったからだ。

しかしこちらを見る瞳は冷たく目が死んでいる。

もう結果はわかっているから早くしろ、そう言いたげである。


そしてズキリと痛む頭と共に、あることを思い出す。


『役立たずは、わたくしの前から消えなさい』


それは幼い頃のキャンディスの口癖だった言葉だ。

つまりキャンディスが罰を下すのを待っているということなのだろう。

キャンディスが下す罰はひとつだけ。

目の前から姿を消すこと、つまりは解雇である。


今は追い出すだけだが成長するにつれて次第に考えは過激になっていき、ついには自身の手で処罰していた。


気に入らないというだけで人を傷つけていた。

しかしずっと牢に入れられて死を身近に感じて経験した今では、そのことがどれだけ恐ろしいかがわかってしまう。

それを当然のように繰り返していたのだ。


キャンディスはそれが簡単に許されてしまっていた。

あまりにも当然になりすぎて、いけないことだとわからなくなってしまったのだ。

キャンディスは震える手を握り込む。


(で、でもまだこの時は誰も殺していないわ……!)


今はまだ五歳のキャンディスは誰にも手をかけていない。

横暴な態度で大人たちを跪かせて優越に浸っていた。

このホワイト宮殿で一番立場が上のキャンディスが女王だったのだ。

しかし、以前と同じように過ごせばどうなるのか、キャンディスは知っている。


(このまま続ければわたくしはまた死刑に……?)


ついさっき経験したように鮮明に覚えている記憶。

今まで自分がやってきたことを思い出すだけでゾッとしてしまう。

また以前と同じように振る舞えば、誰にも愛されずに同じ道を辿ることになるのだ。


(このままじゃいけないことだけはわかるわ!わたくしはどうにかして変わらなければならない。でなければ……また死んでしまう)

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