第10話


こうして未来を変えようと真逆に動けばキャンディスは同じ道を辿らずに済むかもしれない。

単純ではあるが、死んでしまった人生とは逆のことをすれば死ぬはずがないということだろう。


今までとすべて逆のことをすれば生き残ることができると考えたのだ。


(わたくしは、今までの行いと真逆のことをすればいいのね。そうすれば……そうすれば絶対に死ぬことはないはずなのよっ!)


キャンディスはそう決意する。

二人の侍女は何も言わずに黙り込んでいる。

こんな反応をされても何が正しいのかはわからない。

相手の顔色を窺うことなど今まで一度もなかったのだから。

暫くの沈黙の後、キャンディスは侍女たちに指示を出すために口を開いた。



「それよりもわたくしは喉が渇いたからお茶の用意してちょうだい!」


「す、すぐにお持ちいたします」


「皇女様を傷つけた椅子は処分しますのでご心配なく!」



侍女たちはキャンディスの気が変わらないうちにと思ったのだろう。

すぐに動き出した。



「皇女様が……許した?」

 


そんな独り言のような呟きと同時に侍女長の眼鏡がカチャリと音を立てて床に落ちた。

キャンディスはベッドから下りて眼鏡を拾って渡すと怯えるように顔を歪めて、勢いよく頭を下げた後に部屋から出ていってしまった。

その態度に腹が立ち、文句を言おうとするものの、このままでは以前と同じになってしまうと口を噤む。


(名前を聞くのを忘れてしまったわ……そういえば侍女ごときの名前を覚えたことがあったかしら)


そう思い顔を伏せた。

大体、侍女を呼ぶ時は『お前』か『ちょっとそこの』と言って呼びつけていた。

キャンディスの侍女は入れ替えが激しく、いちいち名前を覚える必要はないと思っていたからだ。


どうせすぐに侍女は辞めてしまう。

粗相をすればすぐに切り捨てるのが当たり前だった。

覚えるだけ時間の無駄だと思っていたのだから。


ここでキャンディスは今までと真逆なことをするなら何かを考える。


(〝使い捨ての侍女〟の反対は〝ずっと同じ侍女と一緒にいる〟ということ……!?そ、そんな難しいこと、このわたくしにできるわけないじゃないっ!)


侍女たちは慌ただしい手つきでお茶を並べていく。

しかしカチャリと食器が音を鳴らして粗相をするたびに、ぶん殴りたくなるのをドレス を握りしめながら耐えていた。

そして先ほど決意したことを後悔していた。


(よりにもよって、こんなポンコツな侍女たちとずっと一緒にいるなんて無理に決まっているわ!今まで見てきた奴らよりずっと使えなそうだもの……っ)


キャンディスが『今までやってきたことと真逆なことをする』という決意をしたことを全力で悔いていた。

渋みの強いお茶を啜っている姿を不思議そうに見る侍女たちを無視しながら、改めてこれからどうしていくのを考えるために部屋に一人にしてもらうように頼んだ。


(これから生きていくために、わたくしはどうすればいいのかしら)


今までのキャンディス記憶と照らし合わせながら考えていた。

まだこの世界が夢なのではないかと思えていた。

しかし紅茶の温かさや、頭に残る痛みがここが現実だということを教えてくれる。


(どうしてわたくしは過去に戻ってきたのかしら)


今はとても前向きな気分にはなれそうにない。

キャンディスの頭の中にはあの時の光景が何度も現れては、苦しめようとしている。そう思えて仕方ない。

あの時は何も思わなかったはずなのに、レイピアで肉を割いた感覚が残っているような気がして苦しくなる。


この苦痛から逃れるためには違う道に進まなければならない。


そのためにキャンディスが出した答えは単純明快。

まず一つ目は『誰も殺さない』こと。

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