第3話


「あなたがお父様に愛されるわけないわ」


「──ッ!?」



一瞬、空耳かと思ったが明らかにルイーズが発した言葉だと思った。

振り向くとそこには、父とルイーズが寄り添う二人の姿があった。


(そこは……わたくしの居場所になるはずだったのに)


首元に強い感覚を覚えた。

誰かに殴られたのだと思ったが、キャンディスには抵抗する気力は残されていない。

そこから視界が真っ暗に染まった。


意識を取り戻したキャンディスが目を覚ますと、そこは牢の中だった。

先ほどあったのが現実なのだと思い知る。

それからどのくらいの時間が経ったのだろうか。


侍女も現れないどころか誰もキャンディスを人として扱わない。

罪人になったキャンディスの生活も立場も一瞬にして最下層に落ちてしまう


天井からポタポタと落ちてくる汚れた水。指が動かなくなるほどの冷たい石の床。

鉄格子の隙間から投げ込まれるカビだらけのパンや石、罵詈雑言に抵抗する気力もない。


あんなにも輝いていたドレスは血を吸って黒く薄汚れている。

カチャリと胸元にある金色のペンダントが揺れた。

どうやらパーティーの時のままの格好のようだ。


キャンディスは邪魔なアクセサリーを全部取り去っていたが、母の形見のペンダントだけは身に付けていた。

光の元で輝くアクセサリーも今は意味をなさない。

それが滑稽に見えた。


(まるで今のわたくしじゃないの)


それでも泣き声を言わなかったのは皇女としてのプライドがあったからだ。

それに縋らなければ心が壊れてしまう。


(わたくしはお父様に認められたかった。愛されたかった……それだけなのに)


ルイーズは今、父や皆に愛されながら温かいベッドで寝ているのだろう。

『あなたがお父様に愛されるわけないわ』

その言葉を認めたくなくて、カサつく唇を血が滲むほどに噛んでいた。


『悪の皇女』という不名誉な名前は、頭にこびりついたように離れなかった。


飲まず食わずでいてもすぐに死にはしない。

空腹に耐えかねてカビが生えたパンと泥水に手を伸ばしては引っ込める。

キャンディスは無意識にパンを口にしていて吐き戻したことがあった。

その時にキャンディスを嘲笑うように唇を歪めている看守たちの顔が目にこびりついて離れない。


何日経ったのかはわからないが、かなりの長い時が流れたような気がした。

キャンディスの意識が朦朧としてくる頃、誰だかはわからないが牢に入ってきては何かを言って去っていく。

罵倒が響くこともあったが、何もかも失ったキャンディスにとってはどうでもいいことだった。

屈辱、後悔、怒り、憎しみ……様々な感情が混ぜ合わさっていた。

こうなった今だからこそ自分がしてきたことがよくなかったのだと気がつくことができる。


(悪の皇女……本当にその通りだわ)


そのままキャンディスは眠るように意識を失っていた。


キャンディスが次に目を覚ますと、そこには光が溢れていた。

次に感じたのは激しい痛みだった。


髪を引かれて引き摺られるようにして移動していた。

処刑台に登っていると気づいたけれど、キャンディスに抵抗する力もない。ただされるがままだった。

体中に当てられる石やビンが痩せ細った体に食い込んで落ちていく。


『悪の皇女を早く殺せッ』

『悪魔め!皇子を、未来を返せっ』

『許すなっ!皇女は悪魔だ』

『悪の皇女め……!』


そんな言葉がキャンディスの耳に届く。

すると目の前にはキャンディスが気に入って履いていた靴があった。

あまりの衝撃に首を動かして視線を上へ。

そこにはキャンディスが気に入って着ていたドレスやアクセサリーを身につけているルイーズの姿があった。

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