第2話

   

(憎い……あの女が憎いっ!絶対にわたくしの手でぶっ殺してやる)


キャンディスが持っていたものが穢らわしいルイーズの手に渡りそうになっている。

そんなことは許せるわけがないのだ。



「何故、わたくしがいるべき居場所にお前がいるのよ!?」


「私はみんなを救いたかっただけです。なのに……っ」


「くだらないことを言わないで。今すぐにその汚い手を離しなさいっ!」



キャンディスがいくら怒鳴ろうとも、ルイーズは父のそばを離れない。

この国の皇帝である父に認められたくて、キャンディスは幼い頃から血反吐を吐くような努力をしてきた。

皇女として相応しい振る舞いを身につけたのも、こうして他の兄弟達にも負けないように武力を手にしたのも……すべては父に愛されたいがためだった。


なのにルイーズが王宮にやってた途端、すべてが壊れたのだ。

ルイーズはあっという間に他の兄弟たちや父の心を掌握していった。


そして父のために、この男との縁談まで了承したにも関わらず、その婚約者キャンディスの味方をすることなく当然のようにルイーズの隣にいる。


(わたくしの居場所を奪ったあの女を許してなるものかっ!)


キャンディスはどうにかしてルイーズを排除しようと動くが、ことごとく他の兄弟たちが彼女を守ろうと動いた。

そしてルイーズも彼らをうまく味方につけた。


(……邪魔なのよ!)


己の力を見せつけるためとルイーズを排除するために、キャンディスは邪魔をしてくる兄たちを殺して回った。

キャンディスは幼い頃に父に言われたこの言葉をずっと覚えていたのだ。


『この中で一番、強い者に跡を継がせよう。腕を磨け』 


その言葉はキャンディスに大きな希望を与えるのと同時に、邪魔者を消す理由となる。


ずっとずっと父に愛されることだけを夢見ていた。

それ以外、キャンディスにとってはすべていらないものなのだ。

だけど父は今日までキャンディスを見てくれない。


キャンディスはルイーズがやってくる前までは、ディアガルド帝国たった一人の皇女だった。

生まれた時から宮殿に来たこともなく離れて暮らしていた母が死に、キャンディスに残された親は皇帝である父だけ。

母の愛を一度も得られなかったキャンディスは父に愛されたいと思うようになる。

その想いは日々大きく膨らんでいき、いつか笑いかけてくれる日を夢見てキャンディスは生きてきたのだ。



「お父様のために誠心誠意尽くしてきたわたくしを見捨てるのですか!?ディアガルド帝国に相応しいのはその薄汚い鼠ではなく、由緒正しき高貴な血を引くわたくしのはずですわ!」


「…………もういい。お前には失望した」


「え……?」



キャンディスは父の言葉に呆然としていた。

『お前には失望した』

この言葉はキャンディスにとって、もっとも聞きたくなかった言葉だったからだ。

コツコツとブーツの音が響く。目の前にはあんなにも焦がれていた父の姿があった。

先ほどの言葉は気のせいだと言い聞かしながら自分が間違っていなかったのだと、そう思い込んだ。



「お願いです……!お父様、わたくしを愛してくださませ」


「コイツを牢に連れて行け」


「牢……!?どうしてッ」


「不愉快だ。その顔を二度とみせるな」


「な、んで……?」



心が痛くて呼吸ができなくなるほどのショックだった。


(どうしてお父様はわたくしを愛してくださらないの!?そこの女よりも、わたくしの方がずっとお父様のことを思っているはずなのに……!)


キャンディスが今まで積み重ねていたものが、ガラガラと崩れ去っていく。

父はルイーズを連れてキャンディスの横を歩いて去っていく。

ルイーズはキャンディスの横で立ち止まると、耳元で囁くように言った。


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