悪の皇女はもう誰も殺さない

やきいもほくほく

プロローグ

第1話


キャンディスの目の前、首元に突きつけられるのは銀色の剣先。

今日のために用意した煌びやかなドレスも時間をかけて整えた髪も美しく磨いた肌も、最愛の父の目には映っていない。

会場にいる皆がキャンディスを睨み、敵意を向けているような気がした。



「愛おしいお父様、嘘ですわよね?」


「…………」


「わたくしは、お父様のために腕を磨いて努力してきましたわ!他の兄弟達だって、みんなわたくしが殺しましたのよ? 強い者を認めてくださるとそう言ったではありませんか!」


「……愚かな」


「ねぇ、どうしてですか……?どうしてお父様はわたくしを褒めてくれませんの!?どうかわたくしを見てくださいっ!わたくしを愛してくださいませ」



父はキャンディスから目を逸らしたままだった。



「お父様に認められたい一心でわたくしは…………邪魔者を皆殺しにしたのに」


「……」


「コイツはお父様の悪口を言いましたのよ?この子たちは役に立たないからわたくしが処分いたしました……それにこの女はお父様に色目を使おうとしたと聞きました。ほら、わたくしってすごいでしょう?」



キャンディスの背後には積み上げられた死体の山があった。

胸に手を当てて誇らしげに微笑みながらも自分の成果を披露するキャンディスを見て父の眉がピクリと動く。

美しいドレスも髪も、すべてが血に濡れて赤く染まる。

亡き母の形見だという金色のペンダントが血を吸って怪しく輝いていた。

誰かが『悪魔だ……悪の皇女』だと言った。

キャンディスはその言葉を掻き消すように手を合わせる。



「ああ、そうだわ!お兄様たちもわたくしの邪魔をするから処分いたしました。でも構いませんわよね?だってお父様の跡を継げるのは一人だけ……強い者に継がせると言いました。これでお父様の跡を継げるのはわたくしだけですもの」



確認するように言ったキャンディスの背後には、兄たちの死体が無惨にも転がっている。


悪気なく玩具が壊れただけだと言いたげなキャンディスに会場が静まり返っている。

ラベンダー色の瞳は血走って唇は大きく歪んでいた。


キャンディスの婚約者、ジョルジュが眉を顰めてキャンディスに剣を向ける。

先ほどの父を見る視線とは一転して、キャンディスは鋭くジョルジュを睨みつけた。



「ジョルジュ……わたくしに剣を向けるなんてどういうつもり?あなたはわたくしに文句ばかり。そんなに死にたいの?」


「僕はやはり君が嫌いだ。もう許すことはできない」


「黙りなさいっ!このわたくしにそのようなことが言えるのはこの世界でお父様だけなのよ。わたくしだって本当はお前など大嫌い。婚約してやっただけでもありがたいと思いなさい」


「……話にならないよ」


「わたくしに殺されたいのなら、早くそう言ってくれたらよかったのに!」


「もうやめてくださいっ」


「──お黙りッ!」



キャンディスの言葉に、今まで父とジョルジュの背後に隠れていた妹のルイーズは肩を揺らした。



「穢らわしい血を持つ分際で、わたくしに意見するなんて何様のつもりかしら」


「……もう、やめてくださいっ!これ以上、大切な家族を奪わないでぇ」


「泣くな、ルイーズ」


「……っ、お父様」


「大丈夫だ。私が必ずルイーズを守る」


「ジョルジュ様もありがとうございます」



父が大切そうに脇に置くのは父の血を引きながらも平民として育った異母姉妹のルイーズ。

いつもヘラヘラと笑っている馬鹿で目障りな妹とも呼ぶのも悍ましい悪女は最愛の父とキャンディスの婚約者だった男に挟まれながら肩を揺らして怯えている。

何より許せないのは頬には涙が伝っていて父の指が優しく頬を拭っていること。父に触れていること。

そして父や兄弟達を籠絡して、キャンディスの居場所を奪いとろうとしたことだ。

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