第53話 ブラバスの平和な日常

 「ガヤルドがやられたか……」


 漆黒のローブを纏った何者かがブラバスの上空から城下町を見下ろしていた。


 「だが、彼奴のおかげで封印の前準備は終えた……もう少しで我らの願いは成就される!」


 上空に響き渡る声。


 「それまでは安息の日々を充分に楽しむのだな……ククク……ハハハハハハ!!!!」


 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 

 あれから一月ほど経っていた。

 その間に俺らは何をしていたのかというと、イソッタ王太子が変形した魔物やガヤルドと呼ばれる魔族から受けた傷が思っていた以上に深かったため、それの治療に専念のため、医療施設で過ごしていた。

 プリメーラとナディアは数日だったが、俺とセリカの完治には2週間ほどかかってしまった。


 先に治療を終えたプリメーラやナディアは毎日の様に見舞いに来てくれていた。

 ナディアはよかったのだが、プリメーラはというと……。


 「それにしても2人のベッドが近すぎだと思うが私の気のせいだろうか?」

 

 何かにつけて文句を言ってくるプリメーラに対し……


 「えぇ、気のせいです」


 セリカは淡々と答えていた。


 「ねぇねぇ、プリメーラとセリカって仲が悪いの?」


 その様子を見ていたナディアは俺に聞いてきた。


 「いや、仲がいいからあんな感じになるんだよ……多分」


 正直俺にもわからなかった……。

 そんなこともありつつ、俺とセリカの治療が完治した次の日、俺たちはアルシオーネ様に呼ばれ、謁見の間へと向かった。


 「お呼びでしょうか、アルシオーネ様」


 俺は謁見の間に入ると、主人の前で膝を地につける。


 「おぉ、怪我が治ったばかりで予備つけてすまんの、まあ楽にするといい、誰か椅子を持ってきてくれんかの」


 アルシオーネ様は近くにいた兵に話をすると、すぐに椅子を持ってきてくれたので腰掛けることにした。


 「それと、ここはワシとゼストのみにしてくれんかの?」


 王の警護のために立っていた兵は戸惑いの顔を見せていた。


 「安心せい、何かあればこのゼストが守ってくれる、なあそうじゃろう?」


 アルシオーネ様は満面な笑顔で俺の顔を見ていた。

 俺は無言のまま頷くと兵たちは一斉に謁見の間から出ていった。


 「よし、誰もいなくなったようじゃな」


 アルシオーネ様は玉座から立ち上がると辺りを何度も見渡していった。


 「どうされたんですか……?」

 「今から話すことはできる限り、他の者の耳には入れたくないもんでな」


 一体何を話そうとしているんだ?

 

 「まあ長々と話すのもアレじゃから、結論から申すとじゃ……お主に王位を授けようと思っておるのじゃ」

 「……え?」


 突然というか急な話すぎて、脳の動きが止まってしまう。

 えっと王位ってたしか、王様になることを譲るってものだったはず……。

 

 「……えええええええ!?」


 ようやく脳が事の流れを理解し、俺は驚きの声をあげてしまう。


 「こらこら、静かにせんか」

 「失礼いたしました……これまでになかったことを告げられてつい」


 俺が頭を下げているとアルシオーネ様はふぉふぉふぉと笑っていた。


 「これはあの時、お主に伝えようと思っていたのじゃが、イソッタが阻止するなど思いもしかなったな」


 あの時というのは……俺がイソッタ王太子から罪を着せられた日のことだろう。

 たしか、あの日の夜、アルシオーネ様に呼ばれ、誰にも見つからない様に寝室に向かったのだった。

 その時に亡骸(だと思っていた)を発見すると同時に、王太子に見つかったのだ。


 「ですが、本来はご子息であるイソッタ王太子に継承されるものでは……?」

 「本来はそうじゃが、彼奴にはこの国を任せられるほどの器はもっておらかった」

 「……器ですか?」

 「彼奴は国民に寄り添おうとする姿勢がなかったのじゃ、一度叱責をしたが『王族が平民に寄り添うなど馬鹿げてる』と一蹴しおった」

 

 アルシオーネ様は悲しそうな表情を浮かべながら遠くを見ていた。


 「元々、このブラバスというのは当時の魔族に侵略され、到底人が住める場所とは思えなかった。それでもここに住んでいる人は必死に生きておった。 それに感銘を受けたワシと初代勇者が協力して作った……というのは前に話したかな?」

 「えぇ、聞いています」

 

 そこを拠点にして、世界を蹂躙しようとしていた大魔王と呼ばれる存在を打ち倒した。

 一番貢献したのは初代の勇者のため、誰もが国を納めるに相応しいと思っていたのだが、勇者はアルシオーネ様にここを押し付け、この国を去っていった。

 ——自分にはまだ救える場所がある

 そう言い残して……


 「ワシは国民があっての1つの国だと思っておる。 だからこそ寄り添う気持ちが必要じゃと彼奴にも言い聞かせてきたのじゃが……どこでどう間違えたのか」

 「アルシオーネ様……」

 「その点、ゼスト……お主は勇者として国民のためにその力を発揮してきた、この国を納めるには充分すぎるぐらいじゃ」


 自分は勇者の使命を果たすためにやってきたことだが、改めてそこまで言われると照れてしまう。

 

 「受け取ってくれるか? この国を……」


 アルシオーネ様は真剣な表情で俺を見ていた。

 こんなことは初めてですぐに判断できるものではなかった。


 「……少し考える時間をいただけませんか? 急すぎて頭が動かなくて」

 「あぁ、ゆっくり考えるとよい、時間はまだあるんじゃからな」


 俺はアルシオーネ様に礼を述べてから謁見の間を後にした。


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【あとがき】

お読みいただき誠にありがとうございます。


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