第41話 宴の夜 前編

 「帰るって随分と急だな……」

 「早く伝えなければと思いまして」

 「何をだ?」

 「真実をです……ゼスト様に関する」


 セリカの言葉に俺は言葉を失う。


 「……実を言うと、あの洞窟であなたをゼスト様だと分かった時……ずっと疑っていました」

 「俺がアルシオーネ様を殺害したのかと……?」

 「えぇ、イソッタ王やブラバスの人たちやゼスト様がやったと思い込んでいました」

 「だろうな……」


 ブラバスから逃げ出した時のことはだいぶ前のことなのに、思い出すだけで胸が締め付けられる。


 「……でも、ゼスト様と一緒に戦って確信しました。 この方は簡単に人を殺害できる人ではないと」

 「そう言われると照れるな」


 セリカの言葉で少し救われそうになり、思わず目尻が熱くなっていく。


 「だから、そのことをブラバスの国民やイソッタ王に伝えていきたいんです」

 「そっか……」

 「あれ? ゼスト……もしかして泣いてる? あ、セリカがいなくなるのが寂しいとか?」

 

 ナディアは純真無垢な顔で話し出した。


 「そ、そんなわけないだろ! 変なこというからセリカだって困ってるだろ、なあセリ——」


 話を振ろうとして彼女の方を振り向くと、顔真っ赤にしていた。


 「ど、どうしたんだ!?」

 「な、なななななんでもないです! そ、そうだ!集落の人たちの手伝いをしないと!」


 そう告げるとセリカは足早に集落の方へと向かっていった。


 「変な2人?」


 ゼストとセリカを見ていたライカンスロープの少女は不思議そうな表情で首を傾げていた。



 「そうですか、明日こちらを発つのですか……」


 オルティアさんの屋敷に戻り、セリカのことを伝える。

 

 「それで、オルティアさん……1つ提案があるんですか?」

 「何でしょうか?」

 「……今日の夜、宴を開きたいんです」

 「宴……ですか? 何のために?」

 「セリカの最後の別れというか……」


 俺の話にオルティアさんは首を傾げる。

 そりゃそうだ、そもそもセリカはこの集落を襲撃してきた敵だ。

 しかも、騙されてたとはいえ、コンチネントエビルの封印を解き、危うくこの地に被害を与えようとしていた人間でもある。

 そんな人間のために宴を開こうなんて微塵にも思わないだろう。


 オルティアさんは腕を組み、考え込んでいた。


 「長! 話は聞こえてましたぜ」

 「宴をやるんですか!」


 応接室に5人ほどのオーガ族の男が押し寄せてきた。

 その中には先ほどセリカのことを教えてくれた男の姿もあった。


 「……あなたたち、盗み聞きとは関心しませんね」

 

 オルティアさんは男たちを目を細めて見ていた。


 「ちょうどいいですよ、あの人間、手伝ってくれたのにこちらのお礼を受け取ってくれなくて!」

 「あの子のおかげで、寒中トウガラシがたくさんとれたんですぜ!」

 「こっちは薪用の木材を——」


 男たちが一斉に話し出し、聞くことに疲れたのかオルティアさんは頭を抱えていた。


 「わかりました……開きますから一斉に喋り出さないでください」

 

 彼女の言葉に俺やオーガ族の男たちは喜びの声を上げる。


 「そうと決まったら宴の準備だ! たしか貯蔵庫に魚がたんまり冷えてたはずだ!」

 「あと氷室に酒もあったはずだからとりにいくとしよう!」

 「今日は久々に食って飲むぞ!」


 オーガ族の男たちはそれぞれ役割分担を決めると、一斉に応接室から出て行った。


 「……まったく、結局お酒がのみたいだけじゃないですか」


 椅子に腰掛けたオルティアさんは深いため息をついていた。


 

 「どうしたんだゼストお酒がすすんでいないぞ?」


 夜になり、宴が始まった。

 宴といっても形式ばったものはなく、食べ物とお酒はあるから自由に飲んでくれというものだった。


 「……始まってそんな経ってないのにもう酔っ払ってるのか」


 俺の目の前には片手に小さなグラス、もう片方の手には酒瓶と……典型的な酔っ払いと化したプリメーラが立っていた。

 そういえば、ウェインズ大陸では飲む雰囲気ではなかったから、彼女が酒を飲むのは久々か。

 ……頼むから飲み過ぎないでいてほしいと思うが、既にもうダメだと悟ることにした。


 「プリメーラ何飲んでるの? 私も飲んでみたい!」

 「いや、さすがにナディアはダメだ」

 「えー!」


 大人顔負けの動きを見せるとはいえ、まだナディアは子供だ。


 「もう少し大人になったらにしような」

 「うん、その時はゼストとプリメーラとセリカと一緒だよ!」

 「わ、私もですか!?」


 ちょうどよく食べ物を持ってきたセリカが驚きの声をあげていた。


 「ほう……セリカ殿は勇者であるにもかかわらず、お酒は飲めないと」


 そこへプリメーラがセリカに話しかけていた。

 いや、これは煽ってると言った方が良いのだろうか。


 「えぇ、お酒は判断力や視界認識を鈍らせますので、何かあった時に動けないのは勇者としてあるまじきことですから」


 どこかで聞いたことのあるセリフだな。

 俺は思わず耳を塞ぎたくなっていた。


 「とか言って、お酒にのまれるのが怖いだけなんじゃないか?」

 「……そのセリフ、プリメーラだけには言われたくないな」


 俺の言葉など聞いてないと言わんばかりに、プリメーラはグラスの中のお酒を飲み干す。


 「ちなみに先代の勇者であるゼストはものすごくお酒は強いぞ」

 「……それがどうしたんですか?」

 「そのおかげで私は何度も彼に介抱されたもんだ……」


 できるだけならあんな介抱は二度としたくなくないんだが……。


 「それにだ、お酒を飲んだ次の日は一緒に温泉をだな……」

 「……それは全く違うことだとおもうが」


 その瞬間、何かがパキッと音を立てていた。

 音のした方を見ると、セリカの持っていたグラスが粉々になっていた。


 「せ、セリカ……?」

 

 セリカは無言でプリメーラの持っていた酒瓶をひったくるようにとると、勢いよく飲んでいく。


 「お、おいセリカ!」

 

 声をかけるが、時既に遅し。

 俺の目の前には両目がすわったセリカがプリメーラを睨みつけていた。


 「……何だろうか、嫌な予感しかしないんだが」


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【あとがき】

お読みいただき誠にありがとうございます。


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