第32話 吹雪の中から現れた少女
「はっくしょん!」
ヴェゼル大陸唯一の港、ザッツ港へ辿り着いたのはいいがこれまで体験したことのないぐらいの寒さだった。
プリメーラの魔導具『ホットテープ』のおかげで凍えずに済みそうではあるが……。
「寒いなら私が温めてあげようか?」
そう話すナディアは後ろから抱きついてきた。
ライカンスロープ族は人間よりも体温が高いのだろうか、毛皮を着ているように暖かくなってきた。
それと同時に背中から柔らかい感触がするのだが、深く考えるのはやめておこう。
「それなら私はこうして……」
プリメーラは俺の腕に自分の手をまわしていた。
「どうだ、これなら寒くはないだろう?」
「たしかに寒さはなくなったが、どうみても歩きづらいだろ……」
「……たしかにな」
納得したプリメーラは俺から離れる。
状況を判断したのか、ナディアも背中から離れていった。
「とりあえず、先に進むとしよう。 オーガ族の集落はその先にあるアコード雪原の奥にある」
先導して歩くプリメーラの後を俺とナディアは続いていった。
「すごーい! 足がふかふかしてるし、ひんやりして気持ちいいよー!」
ザッツ港から出発してから歩き続けること数時間、プリメーラが話していたアコード雪原へと到着した。
辺り一面、真っ白な雪で覆われていた。所々自分の身長を超える高さまで積もっている箇所も見えた。
温暖な気温のブラバス一帯でも何年に一度、雪が降ることもあり、積もることはあってもここまで積もったことは見たことがない。
「ナディアは雪は初めてか?」
「うん、話は聞いたことがあるけど、実際に触れるのは初めてだよ!」
初体験でよほど嬉しいのか、ナディアは辺りを駆けて周る。
俺も雪原に橋を踏み入れると、ズボッと音を立てて簡単にふくらはぎまで雪が埋まっていった。
「この辺りは大丈夫だが、先へ進むにつれて足場が狭くなるし、雪で埋まって気づかなくなるから注意が必要だ」
プリメーラは平然とした顔で下手したら谷底へ真っ逆さまだと話していた。
注意しながら雪原の奥へと進んでいくと、細い山道へと進んでいった。
「さっきまでなかったのに吹雪いてきたな……大丈夫なのかこれ?」
ビュービューと音を立てて、雪が俺たちの体にぶつかってくる。
最初は何も感じなかったが、進むにつれて強くなってきたのか、痛みを感じるようになってきた。
「たしか、この辺りに身を隠す場所があったはずだ、吹雪が止むまでそこで休もう」
吹雪く中、歩くこと数十分。先導して前を歩いていたプリメーラが進む方向を指さしていた。
そちらへと目を向けると、山の一部がくり抜かれたような空間があった。ここなら吹雪から凌ぐことができそうだ。
急いで中に入り、その場に座る。
「すごい! 髪の毛の先端が凍ってる!?」
ナディアは自分の髪の毛を触りながら驚きの声を上げていた。
試しに自分の髪を触ってみると、シャリシャリと音がしている。
「ちょっと待ってろ、暖がとれる魔道具をだすからな」
プリメーラはストレージボックスを出現させると、大きな結晶のようなものを取り出し、地面に置くと小声で呟き出した。
すると結晶が炎に包まれていった。
「その結晶は魔力を一時的に増幅するものだ」
毎度のごとく、自信たっぷりの表情で魔道具の説明を始める。
「魔力を増幅するといっても、これぐらいしか思いつかないのだが、他に良い使い方がないかを模索しているところだ……」
そしていつものように魔道具に関しての独り言がはじまった。
止める体力も気力もないので、彼女が飽きるのを待つことに……。
「……なかなか止まないな」
おそらく1時間ぐらいだろうか、ようやくプリメーラの独り言が終わった。
誰も反応をしてくれないのが寂しかったのか、悲しげな表情で外の様子を見て呟いていた。
ちなみにはしゃぎすぎたのか、プリメーラの解説が理解できなくて脳が眠気を起こしたのかわからないが、ナディアは俺によっかかりながら心地良さそうな寝息を立てていた。
「いつもこんなものなのか?」
「前に来た時はすぐに止んだからな……」
「ちなみに聞くが前っていうのはいつの話だ?」
「100年ぐらい前だったと思うが」
さすがエルフ、相変わらずの時間感覚に普通の人間にはついていけそうもない。
「それよりもゼストも疲れているんじゃないか? よかったらここで休めてもいいんだぞ?」
そう言ってプリメーラは自身の膝をパンパンと叩いていた。
「プリメーラだって疲れてるだろうから流石に申し訳ないだろ……それにナディアがこうなってるしな」
俺は気持ちよさそうに眠るナディアを指差すとプリメーラは「そうか」と残念そうに呟いていた。
「俺は平気だからプリメーラも少し休んでくれ、こっちなら空いてるし」
俺は軽く笑いながらナディアが寝ている反対側の肩を差す。
「……それじゃお言葉に甘えるとしようか」
そう言ってプリメーラが俺の肩に寄りかかろうとした時、目の前でガサっと音がした。
魔物かと思い、俺は横に置いていたラファーガを持つが……。
「そこに誰かいるのか……?」
聞こえてきたのは女性の声だった。
「申し訳ないが、少し休ませてくれないか……」
そう告げると同時に声の主はこちらへと入ってきた。
その姿を見て俺とプリメーラは驚きで目を大きく開ける。
中に入ってきた少女は銀色の鎧を纏っているが、所々ヒビや欠けている箇所が見えた更に
頭から大量の血を流しており、足を怪我しているのか引きづりながら歩いていた。
「プリメーラ、回復を頼めるか!?」
「わかってる、早くこちらへ……!」
プリメーラは入ってきた少女を自分の前に寝かせると、ストレージボックスから魔道具を取り出して彼女の周りに置いていった。初めてプリメーラと会った時に見たものだ。
「完治させるのは難しいが今よりは楽になるはずだ……」
「ありがとう……ござい……ま……す」
少女は礼を述べる途中でゆっくりと眠ってしまった。
俺は声をかけようとするが、プリメーラが静止する。
「大丈夫だ、魔道具の効果で寝ているだけだ」
「……ならよかった」
安堵の息をつきながら、ふと少女の持っている剣に目がいく
「……うそだろ」
少女の持っているのはかつて俺が使っていた剣だった。
「何でこの子がこれを……?!」
俺は思っていることが声に出てしまっていた。
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【あとがき】
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