第3話

 足が動かない。

 佐倉が私のことを好き? 夢じゃないよね?


 さっきの告白が、頭の中で何度も繰り返し再生されている。


「そうだよな。やっぱり嫌だよな。この近くの駅までなら送ってもいい? って、しつこいか」


 少しだけ駅の方を向いて、そのあとまた駐車場の方を向いていた。


 あれ、私って今どんな顔してるんだろう。

 気持ち伝えなくちゃ。このままじゃ誤解されたまま終わっちゃう。


「じゃあな、野澤。帰り気を付けろよ」


 言いたいのに声が出そうになかった。

 せめて手だけでも動いて。


「待っ」


 間一髪、上着を引っ張って引き止める。

 ゆっくりと佐倉が振り向いた。


「……やっぱり、一緒に帰る」


「マジで!? いいの!?」


 頷くだけで精一杯だった。

 今までにないぐらい胸がうるさい。顔が熱い。言葉に出さなくても気持ち伝わったかな。


 つい先週も一緒にライブに行ったというのに、たった一週間でガラッと変わった空気。


 いつもよりも会話は少ないけど、隣を歩いているだけで嬉しさが込み上がる。


「どーぞ」


 車まで到着すると、助手席のドアを開けてくれた。思えば毎回開けてくれていたよね。誰にでもそうするのかと思ってたけど、そうじゃなかったのかも。


「こんなこと言うのもおかしいかもしれないけど、俺は今まで通り一緒にライブ行ったりしたいと思ってる。彼氏にはなれなくても親友でいたい」


 シートベルトをし終わった時に、運転席に座っていた佐倉がそんなことを言ってきた。目を逸らすことなく真っ直ぐと見つめられながら。


「え?」


「無理にとは言わないから、前向きに考えてくれたら嬉しい。さて、この話は終わりにしてそろそろ帰りますか」


 まずい、気持ち伝わってなかった。

 シートベルトを外して佐倉の左手を両手で包む。


 恥ずかしくて見られなくなった顔。

 手汗も不安になってきた。


「うわ、急にどうした!?」


「…………」


「野澤?」


 緊張で顔から火が出そうだった。

 佐倉は言ってくれたんだ。私もちゃんと言わなくちゃ。そうだよね、言葉にしないと伝わらないことってあるよね。


 頑張れ、私。


「佐倉の、佐倉の彼女に、なりたい。実は私も、その」


 少し経っても反応がなくて、聞こえていなかったのかと不安になった。視線を手から上へと移すと、顔を見る前にギュッと抱きしめられて。


「めっっっちゃ嬉しい。いつから俺のこと好きだったのか聞いてもいい?」


 フワッと香ってきた、佐倉の愛用しているボディシートの良い匂い。ドキドキがバクバクに変わる心臓の音。


「好きにならないようにしなくちゃって思ってたから、いつからからは分からなくて。っていうか、汗かいたあとだから離して」


「やだ。野澤の口から好きって言ってくれるまで離れない」


 押しのけようとしても無理だった。

 痛くはないけど力強く抱きしめられていたから。


「頼む、野澤。言って?」


「っ、無理」


 ただでさえ恥ずかしいのに、催促されると更に言いにくくなる。こんなこと言う奴だったなんて知らなかった。


「今どうしても聞きたい」


 そんな甘えた声で言わないで。

 たった二文字。それが、なかなか難しいの。


 抱き合ってるから分かる二人の心音。佐倉が何も話さなくなる。




「………………好き」


沈黙に耐えられなくなって呟いた。

顔を見られていないだけ恥ずかしさがマシかもしれない。


「うん、俺も好き」


 次の瞬間、唇が重なった。

 あまりにも突然だったから目は開いたまま。


 前向き駐車とはいえ、誰かに見られた可能性もあるわけで。


「ななな、何もしないって言ってたのに嘘つき!」


「ごめん。嬉しくて、つい。もう無理やりしないから」


「……信用出来ない」


 友達以上恋人未満だった関係が終わった日は、佐倉のスキンシップが激しいと知った日でもあった。


 余興の件まだ根に持ってるし、そう簡単には触らせてあげないんだから。さっきみたいな眩しいぐらいの笑顔攻撃だって、しばらくはかわしてみせる。


 これからは恋人としてもよろしくね。

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友達以上恋人未満、の先 安東アオ @ando_ao

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