第2話

「あれ、珍しいね。今日は柚乃一人で来たんだ? 弘樹は?」


 翌日。好きなバンドのライブ会場。

 コインロッカー近くに趣味友達が集まっていたから声をかけると、不思議そうに尋ねられた。


 いつも佐倉の車で来ていたし、そう思われるのも無理はない。大丈夫。こうなるのは想定済み。


「好きな子いるって言うから、今日から別々で来ることにしたの。勘違いされたら困るでしょ?」


 全員が驚いた顔をして私を見る。


「もしかして、皆も佐倉に好きな人いるの知らなかった? そうなるとやっぱり会社関係の人かなー」


 昨日からずっと気になっていた。

 どんな容姿で、どんな性格で、どんな声で、どんな風に笑うんだろうって。


「おーっす」


 後ろから聞き慣れた声がして、貼り付けた笑顔のまま振り返った。大丈夫。今までと同じように話せる。


「弘樹、遅かったな」


「柚乃がいないからってのんびりしてたんじゃない? 弘樹ってそんな感じするよね」


「何だそれ。渋滞に巻き込まれただけだって。野澤は大丈夫だった?」


「うん、大丈夫」


 男女関係なく呼び捨てだけど、私と佐倉のみお互いに苗字呼び。理由は知り合ったのが職場だったから。


 ライブが終わって外に出ると肌寒かった。

 中は熱気が凄いからTシャツで快適だけど、この時期は寒暖差が地味にきつい。


 コインロッカーから荷物と上着を取り出して、いつもと同じように趣味友達のもとへ向かう。


 いつもと違っているのは、佐倉と一緒じゃないってことぐらい。佐倉はここから少し離れた場所に荷物を入れていた。


「ごめん、お待たせ」


「柚乃って何時まで居られるんだっけ?」


「そっか。柚乃は今日から電車か」


 大体の時間しか覚えていなかったから、スマホで保存していた画像を確かめた。


 日付が変わる前に地元に着けたらいいなって思ってたけど、皆と話してるの楽しいし帰れるなら何時でもいいや。


「んー、まだ大丈夫。心配してくれてありがとう」


「弘樹と同じ市内なんだし、乗せて行ってもらえばいいじゃん。わざわざ電車で帰ることないって。お、戻って来たから本人に聞いてみようぜ。おーい」


 自然に笑えていた時間が終わって、また笑顔を貼り付けた。地味に疲れるけど我慢。


「何?」


「柚乃と帰んないの?」


 次の瞬間、ぶつかった視線。

 意識しちゃダメ。バレて気まずくなりたくない。


「もっと言ってやってよ。昨日から野澤にずっと言ってるんだけど、なかなか首を縦に振ってくれなくてさ」


 お願いだからほっといて。


「何度も言ってるけど、佐倉の好きな子に勘違いされたら嫌だから車には乗れないんだって。他に誰かいるならいいけど、二人きりは絶対に無理なの」


 昨日までは、同僚兼親友でも大丈夫だったのに。


 もうきっと、前みたいに話せない。

 私が自覚したせい。無理やり忘れようとしても、好きなところが集まってくる。


 佐倉が居るならもう帰ろうかな。

 大丈夫って言ったばかりだけど、お腹痛くなったことにすれば問題ないよね。


「皆、悪い。野澤と二人きりにしてくれない? 帰りは責任持って家まで送るからさ」


「え!? それだけはやだ」


 苦笑いを浮かべている佐倉と、それに応じて駅に向かって歩き出した趣味友達。行かないでって視線で懇願したけど、ごめんって仕草をされただけだった。


「ごめん、野澤。とりあえず駐車場まで歩こう」


「えっと、その、ごめん。無理……かな」


 何、この状況。

 顔が見れなくなって、おもいっきり背けてしまった。感じ悪いって思われたかも。


「はは、そう言われるとやっぱりヘコむなー。こんなことになるなら余計なこと言うんじゃなかった」


 余計なこと、か。

 それって好きな人のことだよね。


「意識させようとしたのが間違いだったんだよなー。分かってたんだけどな、うん。……あのさ、今日で諦めるから最後に送らせてよ? ああ言った手前、一人で帰らせるわけにはいかないでしょ」


 意味が分からなくて顔を上げると、佐倉が悲しそうに笑っていた。


 近くにいるのはライブ後で楽しい顔をしている人ばかり。この場所にふさわしくない表情だった。


「ライブにはもう行かないからさ、会社では今まで通り接してくれたらありがたいかも」


「えっ、それはダメだよ! 私のせいで佐倉が行かなくなるのはダメ!」


「うん。でも、今日みたいに距離取られるのはツラいし。この際だから言うけど、俺が好きなのは野澤だから。覚悟は出来てるからおもいっきり振って」


 周りがガヤガヤしている中でも、しっかりと聞こえた言葉。夜でも街灯に照らされているから、表情が確認出来るぐらいには明るいわけで。


「私のことが好……き?」


「あぁ、ずっと好きだったよ。同期や趣味友達にはバレバレだったみたいだけど」


 感情が追い付かなくて呆気にとられていたら優しく微笑まれた。


 待って、今そんな顔しないで。


「好、き?」


「嫌かもしれないけど今日だけは一緒に帰ってくれない? もちろん何もしないから。約束する」


 佐倉が体の向きを変えた。

 駐車場の方を向いたんだと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る