友達以上恋人未満、の先

安東アオ

第1話

 十一月下旬の土曜日。

 空に澄んだ青色が広がっているこの日、私──野澤柚乃は同期同士の結婚式にお呼ばれしていた。


 外での挙式が終わって、今は披露宴真っ只中。

 新郎はずっとガチガチだけど新婦はとっても綺麗だし、料理もお酒も美味しいし、幸せのお裾分けも悪くない。


「ここからのお時間はゲストの方にもご登場いただき、お二人へのお祝いを頂いて参りましょう。まず、初めに新郎新婦の同僚でいらっしゃいます佐倉様、よろしくお願いいたします」


 え、今「佐倉」って言ったよね?


 少し前から隣に座っていた佐倉の姿がなかったのには気が付いていた。まさか余興の為だったなんて。


 歌がうまいのは皆も知っているから、頼んでいてもおかしくはないんだけどさ。


 でも、私にまで内緒にするなんて酷くない?

 同期の中で一番仲が良いって思ってたのに。


 拍手と共に登場し、スポットライトが当てられる。アコースティックギターを弾き語りするようで、歌い始まると同時に会場がざわめいた。


 普段とは違って前髪を上げて額を出し、ビシッとスーツを着てお洒落なメガネをかけている。パッと見は爽やかな好青年。


 性格も良いし、モテない理由が見当たらなかった。彼女欲しいって嘆いてるけど、いないのが不思議なくらいだよ。







「はー、緊張した。どうだった?」


 新郎新婦と記念写真を撮ったあと、テーブルに戻って来た佐倉に尋ねられた。


 何が緊張した、だ。

 堂々と歌っていたようにしか見えなかったけど。


「相変わらずうまかったよ。この会場にいるほとんどの女性が、佐倉に惚れたんじゃない?」


 新婦側の女性ゲスト達がチラチラとこっちを見ているし、あながち間違っていないと思う。


 もしかしたら今日、彼女ができるかもね。


 何だか落ち着かなくなって、近くにいたスタッフに追加のカクテルをお願いした。甘いから、いくらでも呑めそう。


「はは、そんな事あるわけないって。何? もしかして野澤も俺に惚れたとか?」


 視線が気になって仕方がないというのに、当の本人は全く気にしていない様子。終わるまで我慢していたのか、早いペースでビールを呑んでいる。


 それに、からかってくる余裕まであるらしい。


「まさか」


「だよなー」


 私達には同じバンド好きという共通点がある。だから、二人でカラオケに行ったりライブに行ったりもしていた。


 それはお互いに恋愛感情がないからできること。同僚でもあって親友みたいな関係。


 ただ、それだけ。


 披露宴も終盤に近づき、ゲストが退場する時間となった。ドアの先で待っていてくれた主役におめでとうと告げ、同期達とロビーで話に花を咲かせる。


「あ、あの……!」


 そんな時、見知らぬ女性が佐倉に声をかけてきた。近くにいた人の視線が集中する。


 ほら、やっぱりモテるじゃん。


 一人でいる時ならまだしも、この状況で声をかけられるなんて凄いな。


 私達同期は二次会には参加しないし、今を逃すと話す機会がないからかもしれないけど、それでも本当に凄い。勇気ある。


 それと、見た目だけじゃなくて緊張している表情さえも可愛い。


「くそー、何でアイツなんだよ。やっぱりアコギなのか!? 野澤、明日一緒に買いに行こうぜ」


 二人が離れた場所に移動してから、高級そうなソファーに深く座っていた松田が悔しそうに嘆く。酔っぱらっているのかいつもより声が大きいし、仕草がいちいち大袈裟。


「何で私? 興味ないからパス。っていうか明日はライブだから無理だし。それより素敵な結婚式だったねー。私もそろそろ彼氏欲しいかも」


「えっ、理沙って元カレのこと吹っ切れてたの? まだ引きずってるのかと思ってた」


 松田はいじけていて、凛がとても驚いている。


 私には七月まで付き合っていた彼氏がいた。

 他に好きな人が出来たと言われ、引き止めたとしても気持ちは変わらないだろうと思って別れを受け入れた。


 あれから約四ヶ月。


「言ってなかったっけ? ライブ行きまくってたら、元カレのことなんてどうでもよくなったんだよね。あ、強がってるわけじゃないからね? これは本音」


「ほぅ、佐倉のおかげってわけですか。一緒に行くほど仲が良いなら、いっそのこと付き合っちゃえばいいのに」


 毎月開催されている同期会に初めて行った時、佐倉がカラオケで歌っていたのが今ハマっているバンドの曲だった。


 切ない歌詞に心を打たれ、生歌を聴いてみたくなって、ライブ会場で偶然会って今に至る。世間って意外と狭い。


「あはは。その佐倉はまさしく今告白されているだろうけどねー。私が告白するより前に、さっきの人と付き合っちゃうんじゃない?」


「んー、それはどうだろう? 分からないよ?」


「何だよ、野澤まで佐倉狙いだったのか!?」


 酔っぱらいには冗談が通じなかったらしい。


 そう。これは冗談。

 佐倉のことは好きだけど、恋愛感情とは違う。


「って、ちょっと待った。佐倉って確か」


 松田が何かを言いかけようとした時、凛が革靴を踏んだ。ヒールでやられたから悶絶している。


「いってぇー、井上、お前何すんだよ!?」


「ちょ、凛!?」


「そんなに強く踏んでないから柚乃は気にしなくて大丈夫。それよりほら、佐倉が戻って来るみたいだよ。私は酔っぱらいの松田を外の風にあてて来るねー」


 凛の視線の先に目を向けると、こっちに歩いてくる佐倉がいた。


 その表情からはどうなったのか読み取ることが出来ない。告白したと思われる女性の姿は見当たらなかった。


 凛達とすれ違った時に何かを話したようだったけど、距離があったから聞こえなくて。苦笑いを浮かべているし冷やかされたのかも。


「おかえりー。これで佐倉も彼女持ちかぁ。念願だった彼女ができて良かったじゃん」


 何となく気まずい空気の中、向かい側に座った佐倉と視線がぶつかった。


「何でそうなるんだよ。……好きな子いるから連絡先すら教えてないんですけど」


「えっ、佐倉って好きな子いたんだ? 私の知ってる人だったりする?」


「それは内緒」


 意地悪そうに微笑まれた。

 同期の中でも仲が良いと思っていたけど、残念ながらそう思っていたのは私だけだったのかも。


 好きな人のこともそうだけど、さっきの余興のことも内緒にされていたし。


「そっかー、好きな子いたのかぁ。じゃあ佐倉の車に乗せてもらうのは遠慮しとく。明日以降のライブは電車で行くね」


「そこまで気を遣わなくて大丈夫だから」


「いやいや、普通にダメでしょ。好きな子に勘違いされたらどうするの? もっと早く言ってくれれば良かったのに」


 少し前から胸の奥がチクッとすることに、わざと気が付かないふりをした。


 今ならまだ間に合う。自覚したらダメ。

 今の関係を壊したくない。仕事もやりづらくなる。


「はは、本当に問題ないから。その子は俺のことを恋愛対象として見てないっぽいし」


 明るく笑い飛ばされて困った。

 こんな時、親友だったら何て声をかけるべきなんだろう。

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