第23話 魔族

空がオレンジから黒に変わり、大きな満月が辺りを照らし始める。

闇に包まれる中、月の光だけを頼りにはせず、ギルドから支給された魔法具であるランタンを手に鬱蒼と茂る村近くの森の中を歩く。


「今のところ大丈夫そうね」


目は慣れてきたが、それらしき魔力は感じない。


───そろそろ村人たちが寝静まる頃だから、近くに居てもおかしくないのだけれど。


「そうだね。ギリギリまで姿を見せないなんて、なかなか用心深い魔物だ」


「本当にね」


さすが2級昇級ミッションだ。

相手の狡猾さも侮れない。

まぁ、2級の魔物ならグループワークの時にも倒せたし、問題ないはずだが。


「なんっか嫌な予感がするのよね……」


私はこの村に来てからというもの今回のミッションには恐怖のようなものを感じる。

ただ単に私の思い過ごしなら良いが、魔物ではなく魔族の仕業のような気がしてならない。

魔族ならば同じ2級でも同じようにはいかないだろう。


「まぁ、きちんと対処すれば問題ないさ」


「……そうよね」


最悪、ここには魔法族最強と謳われるハスもいる。

ハスが手を出したら昇級はできないが、死ぬことはないだろう。

それに、回復のスペシャリストであるカポックもいる。

そして、私はこの中で1番─つまりは魔法族の中で1番魔力の火力が高い。

何の問題もないのだ。

私がよし!と気合いを入れ直した刹那───


村の方からとんでもない邪悪な魔力の気配が私たちを襲う。

全身を駆け巡る寒気に私たちは一斉に村の方を振り向いた。


「なんっで……」


私は言葉が詰まった。

私たちは村の周囲に居た。

つまり、魔物が私たちの目を掻い潜って村へ入るのはほぼ不可能に近い。

それなのに、何故か魔力を村の方から感じるのだ。


「戻ろう、アザレア!」


カポックの声に私は意識を現実に引き戻された。

私とカポックは目を合わせると一斉に村へと走り出す。

本当は飛行魔法ですぐにでも戻りたいところだが、これだけの魔力を放つ《なにか》と戦うために魔力はできるだけ温存しておきたい。

それはカポックも同じだろう。

ハスは飛行しながら私たちの上を飛び、村の状況を確認している。



息が切れる前に村に辿りついた。

邪悪な魔力の匂いが濃くなり、私は思わず腕で鼻を覆った。


魔力が辺りを覆い、その出処が分からない。

村の外にはそれらしき《なにか》は見当たらず、私とカポックは村の中心に立ち、周りをグルグルと見渡す。


カポックが鼻をヒクヒクとさせると何かを思いついたように私へ振り向く。


「アザレア!この臭いは睡眠薬だ!」


「睡眠薬?」


魔力の臭いかと思ったら、どうやらそうではなかったようだ。

こんなに強い魔力では、さすがに魔力を扱えない村人でも起き上がるだろうと思っていたが、起きない理由はそこにあるようだ。

幸い、私は鼻を覆っているためまだ睡眠薬の効果は体にきていない。


「少し失礼するよ」


カポックが私の額に手を当てるとカポックの魔力が身体中に駆け巡るのを感じる。

カポックが微笑みながら手を避けた。


「はい、これでアザレアも息を吸っても大丈夫だよ」


「なにをしたの?」


「睡眠薬を相殺する魔法をアザレアの体に施した。1晩くらいは睡眠薬を吸っても平気だよ」


「そんなこともできるの!?」


私はただ単に怪我を治したり、体力や魔力を回復するだけだと思っていたが、解毒作用のような魔法も使えるとは思わず、そんな状況ではないことは頭で分かっていながらも感嘆を漏らした。


「まぁね、メジャーな毒薬なんかは一通り解毒できるかな」


「そうなのね。ありがとう、助かったわ」


「いえいえ」


和やかな空気になったのは束の間、目を光らせ魔力の探知を再開する。

姿が見えない以上、魔力の出処を探るしかない。

しかし、カポックは何かを考え込んでいるようだ。


「これは僕の仮説なんだけど……」


カポックが顎を触りながら地面を見つめる。


「魔物は最初から《村の中に居た》んじゃないかな?」


カポックのその言葉に私はハッとした。

日が暮れる前から周囲を見回っていた私たちの目を掻い潜って村の中に入ることはできない。

となると、その前に魔物が村に居た可能性が高い。

そして、それは《なにか》が村人へと姿を変えることができることを意味する。


「そうね!そうなれば、村の隅々まで探しかないわ」


「急がないと新たな犠牲者が出る可能性もあるし、手分けしようか」


「そうしましょ。見つけたら魔法を空へ放って報せてちょうだい」


「あぁ、分かった」


私とカポックはお互い背を向けて村の隅へと走り出した。




▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼▽▼

村の中は相変わらず魔力と睡眠薬で満ちている。

しかし、慣れてきたのかほんの些細な魔力の変化に気づき始めた。

今居るのは村の北東側。

村長の家ほどの広さはないが、家族が住むには十分な家がポツポツと立ち並ぶ。

この辺りは最初カポックと居たエリアより、魔力を濃く感じる。

私は家と家の間の隙間も家の中も(窓から中を覗いて)隈無く捜索した。


少し南側に進むと一層魔力が濃くなる。


───《なにか》が近い。


私は先程よりも念入りに周囲を調べた。

家同士の隙間に目を凝らして、居ないかとため息を吐いた刹那───


背後に強い魔力を感じて咄嗟に振り向くとそこには小さな女の子が居た。

その女の子は齢5〜6歳ほどで、ぱっつん前髪に綺麗なストレートのロングヘア、目は丸くて可愛らしいながらも目に光は宿っていないのに口角は上がっている。


「お姉ちゃん」


いかにもな可愛らしい声に嫌悪感すら走る。

間違いなく、この子が《なにか》の正体であり、人の言葉を話すことから魔族であることは明白となった。


私は魔力を手に溜めていつでも攻撃できる体勢をとる。

そんな私の様子に目を見開いた魔族はケラケラと笑い始めた。


「お姉ちゃん、そんなに警戒しないでよ。ひどいなぁ」


姿かたちが幼い女の子のそれのため油断しそうになるが、そこから滲み出る魔力は強力な魔族のそれだ。

どんな攻撃を仕掛けてくるか予測不可能なため警戒態勢は崩さない。


「気になってたんだけどさぁ……」


魔族からそんな言葉が聞こえた次の瞬間には魔族の顔が目の前にあった。

私はその速度に追いつけず、体が硬直する。


魔族は口角を下げて私の耳へ唇を近づけた。


「なんで薬効いテナイノ?」


少女の声から獣の呻きのような低い声に変わり、私は咄嗟に体の前で腕をクロスして魔力を込めた。


そこに魔族の魔力が篭った拳が入る。

ガードしていたものの、その威力に私は背後の家の隙間を抜けて村の内側へと飛ばされた。

なんとか足で踏ん張りをきかせたが、私の周りは砂煙が上がっている。


私は空に向かって魔法を放ち、カポックへと知らせると風の魔法で砂煙を巻き、視界を良好にした。と同時に飛んでくる岩。

恐らく魔族の土魔法であろう。

私は矢のような炎を作り、その岩をすべて撃ち落とす。


そこに、突然視界に現れた魔族は宙を舞って私を視界に捉えるとニヤリと不敵に笑う。

魔力の篭った足蹴りを避けようとすると、私の周りを地面から生えてきた巨大な岩が囲む。

上空には魔族、周りは岩で真っ向勝負をするしかなくなり、私は最速で風に載せた炎を魔族に向かって放った。


魔族はモロに私の魔法を食らい、服の1部が焼けるがそんなことはお構いなしに私に蹴りを喰らわせようと落下してくる。

攻撃を防ぐ魔法であるブロック魔法はまだ使えないため、使える魔法と魔力でそれっぽくガードしていたが、この蹴りは魔力を駆使してもそれなりのダメージを受けそうで、且つ防げたとしても魔力の消費が激しいだろうことが伺える。


私は魔族と岩の僅かな隙間を縫って勢いよく跳ぶ。

落下する魔族と相対して、私はすぐに魔族の上空へ抜け出した。

岩の中心へ身を沈める魔族に向かって、今度は私が上から炎の渦を放つ。

ルベライト・ウインドほどではないが、それなりの攻撃力はあるはずだ。


岩の中が黒い煙に巻かれると同時に私は地面へ降り立つ。


「アザレア!」


そこへカポックが合流する。

カポックは目を見開いて私に話しかける。


「やったのか!?」


「まだよ。攻撃は当たってると思うけれど」


カポックが風魔法で黒煙を吹き飛ばす。

そこには既に岩壁はなく、魔族の姿もなかった。


「一体どこへ……?」


魔力探知をするが、あの強大なまでの魔力を探知できない。

しかし、上空から抜け出してはおらず、また土属性の魔法を使えるということは……。


嫌な汗が背中を伝う。


「カポック!」


私はカポックを魔力を使って吹き飛ばして私自身も飛行魔法で上空へと飛び上がる。

すると、先程まで私とカポックが居た地面から魔族が飛び出してきた。

その魔族はあっという間に私と同じ高さまで上がる。


「チッ」


魔族が舌打ちしながら私との距離をぐっと詰めてくるが、その僅かな隙間をカポックの風魔法が通り、魔族は私に届かなかった。


「アザレア!サポートは任せてくれ!」


地上からこちらを見上げるカポック。

私は自然と口角が上がった。


「頼りにしてるわ!」


私は改めて魔族に向き直る。

魔族は眉を顰めてイライラしている様子だ。


「ジャマヲスルナ!」


「そういう訳にはいかないわ。あなた、何人の人を殺したのかしら?」


「イチイチ、オボエテネェナ」


「じゃあ、あなたも私に殺されても文句ないわよね」


思った以上に話ができることに内心驚きながらも、会話をしながらこの先どうするのかを考える。

地上に村がある以上、ルベライト・ウインドで魔族を倒すわけにはいかない。


───なるべく、村に被害が及ばないように魔族を倒さないと!


私が色々と考えていると魔族の瞳が緑から赤に変わる。

咄嗟に構えるが、なにかしらの攻撃が飛んでくるわけではなかった。

首を傾げると、魔族はくくくっと喉を鳴らす。


「ナルホド。オマエハ、コノオトコガスキナノカ」


魔族の言葉に疑問を抱く。

魔族の体は光に包まれて、その光が消えた時に姿を表したのは、私のかつての想い人─そして、私の元フットマンのパウルだった。


「は?」


思いもよらないできごとに私の思考は完全に止まる。


───なんで、パウルが目の前にいるの?


「アザレア様、ご無沙汰しております。随分とお綺麗になられましたね」


姿だけでなく、声や話し方まであの時のパウルそのままで……。

あの頃の記憶が瞬時に脳内を駆け巡る。

優しくて賢くて強くて美しかったパウルは本当に私によく尽くしてくれていた。


そして、私を庇ってそのまま……。


「アザレア様……近くに寄ってもいいですか?」


パウルが徐々に近づいてくる。

私はその姿に息を呑んだ。


パウルの伸ばした手が私に触れそうな時───


「アザレア!!!」


カポックの叫び声で私は現実に引き戻される。

目の前のパウル─否、魔族に炎を纏わせて風魔法で上から地面に思いっきり叩き落とした。


「ぐはっ!」


魔族が落ちた場所では地面が魔族を中心に割れている。


「カポック!」


カポックは風魔法に載せて毒を魔族にぶつける。


「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙」


私は地面へと降り立ち、魔族を見つめる。

魔族は毒に苦しみながらも、未だパウルの姿のままだった。


「ア、アザレア様……2度も私を見捨てるのですか……?」


魔族の言葉に私は奥歯を噛み締める。


「胸糞悪いわよ」


魔法で炎の剣を創ると私はそれで魔族の心臓を貫いた。


「アザレア様っ」


最期の最期までパウルの姿のまま、魔族は塵となって消え、空へと昇っていた。

私はその塵を見ながら自然と拳に力が入る。


「……あの姿はアザレアの知り合いかい?」


カポックの言葉で私は漸くカポックを視界に捉えた。

カポックは眉尻を下げて私を気遣っている。

私は心配かけまいと無理に微笑んだ。


「えぇ。……元私のフットマンよ」


「そうか」


カポックは何かを察したのかそれ以上言及してこない。

シン……

とした空気にどうしたものかと頭を悩ませていると、上から「おーい」という声が聞こえる。

2人で声の方へ見上げるとそこにはハスの姿があり、ゆっくりと地上へ降りてくる。


「お前らおつ〜」


ヒラヒラと手を振りながら陽気に降りてくるハスに私は少しだけ救われた。

ハスは私たちの間に流れる微妙な空気に一瞬首を傾げるが、「まぁ、いいや」と言って再び口を開く。


「つーことで、お前らの昇級ミッションはクリアだな!」


「ハス、君はどこから見てたんだい?」


「睡眠薬がどうの〜って言われてからすぐ空に逃げた」


ハスは空に向かって指を伸ばした。

その様子から私が上空で戦っていたそのさらに上まで居たのだろうと察する。

監督役が睡眠薬にやられて眠ってしまっては元も子もない。


さっさと帰ろうぜ〜というハスに村中に未だ蔓延っている睡眠薬を取り除くまでがミッションだろうと反論するカポック。

すると、そこからいつもの喧嘩が始まった。


いつもなら呆れるところだが、いつも通りの喧嘩に今の私は安堵する。


私がふふっと微笑むと2人が同時にこちらを向いて物珍しそうな顔で見てくる。


「さっさと解毒してギルドに戻るわよ」


私の言葉に2人は顔を見合わせて笑った。

ハスは私とカポックの間に入ると肩を組み、合わない歩幅をみんなで合わせた。

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3人の魔法族による無敵なアオハル物語 ことまるびぃ @Kotomaruby

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