「継母と義妹に虐げられ使用人として働かされている私を助けてくれたのは、ネズミの精霊さんでした」短編

まほりろ

第1話

「エラ、わしはもう長くない。

 わしの亡きあと後妻のベティーとその連れ子のアルゾンが心配だ。

 ベティーは二度も夫に先立たれ、アルゾンは実父と義父に先立たれるのだ。

 アルゾンを伯爵家の養女にしたが、彼女はお前と違い器量が良くない。

 わしはアルゾンが無事に結婚できるか不安だ。

 エラ、アルゾンが婚約するまでベティーとアルゾンの面倒を見ておくれ。

 二人は義理とはいえお前の母親と妹なのだから」


「はい、お父様。

 二人の面倒は私がしっかり見ます。

 だから安心してください」


「ありがとうエラ。

 これでなんの憂いもなくあの世に旅立てるよ」










十歳のとき父と交わした約束。


私は六歳で実の母を亡くし、十歳で父を亡くした。


でも寂しくない。


私にはお義母様と義理の妹のアルゾンがいる。


それに私には屋根部屋に秘密の……も。




☆☆☆☆☆






「エラ!

 いつまで掃除をしているんだい!

 食事の支度はできたのかい!」


「すみません、お義母様。

 すぐに用意します」


私はほうきとモップを片付け、食事の支度に取りかかった。


「エラお義姉様。

 あたしのワンピースの裾がほつれたの、直しておいて。

 それから昨日私のお皿が汚れていたわよ。 銀食器はちゃんと磨いておいてよね」


食事を作り終えた私はテーブルに食器を運んだ。


「ごめんなさいアルゾン。

 今日は銀食器をちゃんと磨いたわ。

 あなたのワンピースは食事の後に繕っておくわね」


「喋ってないでさっさと食事を持って来なさい!

 ぐずぐずしていたら、アルゾンのダンスの先生が来てしまうわ!」


「申し訳ありません。

 お義母様」


「分かっているとは思うけど、食事が終わったら、食器の後片付け、ベッドメイク、床掃除、薪割りもするんだよ!

 それからアルゾンはダンスのレッスンのあとお風呂に入るからね!

 お湯を沸かしてニ階の浴槽まで運んでおきなさい!」


「はい、お義母様」


「お義姉様、休んでいる暇はないですよ。

 きびきび動いてください」


「ごめんなさい、アルゾン。

 すぐやるわ」


食器をアルゾンの前に並べると、彼女の腕がスプーンに触れた。


カシャーンと音を立てて、スプーンが床に落ちる。


「お義姉様、スプーンを落としてしまったわ。

 拾ってくださる?」


「わかったわ、アルゾン」


私はアルゾンの落としたスプーンを拾おうとかがむ。


私がスプーンに手を伸ばしたとき、アルゾンの靴が私の手の上にあった。


「くっ……!」


手に激痛が走る。


「ごめんなさい、お義姉様。

 あたし足が長いから、間違ってお義姉様の手を踏んでしまったわ」


アルゾンがぐりぐりと私の手を踏みつける。


「…………っ!」


私は唇を噛みなんとか痛みに耐えた。


「お止めなさい、アルゾン。

 虫なんか踏み潰したら靴が汚れるわよ」


お義母様のおっしゃる虫って私のことですか?


「はーい、お母様」


ようやくアルゾンが私の手から足をどかしてくれた。


手はじんじんと痛み、赤くなっていた。


アルゾンはそんな私の手を見て、クスリと笑った。


この手では今日の仕事に支障をきたしそうです。


「お義母様、一度屋根裏部屋に戻ってもよろしいでしょうか?

 手当てをしたいのです」


「そんなこと言ってサボろうとしてもだめよ!

 さっさと食事の給仕をしなさい!

 その後は食器を洗うのよ!」


「はい……お義母様」


私は手の痛みを我慢して、その日の仕事をこなした。








父が亡くなってから、私はこの家で使用人のような扱いを受けている。


朝は日が昇る前に起きて、たくさんある部屋のカーテンをすべて開け、窓を開け換気をし、各部屋の暖炉の掃除をする。


それが終わったらリビングのカーペットの掃除を済ませ、朝食の準備をする。


お義母様とアルゾンがお食事中にお二人の部屋のベッドメイクを済ませ、朝食の片付けをし、皿を洗い、銀食器を磨く。


その後はお風呂の掃除とトイレ掃除を済ませ、昼食の用意をする。


午後は洗濯や針仕事に追われ。


夕方は、食事の準備と食事の給仕と後片付けに終われ、夕食の残り物のパンを持って自室に戻る頃には夜十時を過ぎている。


私の部屋はお父様が亡くなってからはずっと屋根裏。


でも辛くはない。


屋根裏部屋には私の秘密のお友達がいるから。





☆☆☆☆☆





 

「お帰りエラ、今日も一日大変だったね」


「ルドルフ様!」


自室のドアを開けると、白いネズミが一匹私の足元にかけてきた。


ネズミは私の前まで来ると、琥珀色の髪と翡翠色の瞳の五歳ぐらいの美しい少年の姿に変わった。


「大変、手を怪我してるよ!

 僕が魔法で治してあげるね!」


ルドルフ様は私の手を取り口づけを落としました。


その瞬間、今朝アルゾンに踏まれた時に出来た怪我がたちどころに治りました。


「ありがとうございます。

 ルドルフ様」


「エラのためなら治療の魔法くらい、いくらでもかけるよ」


ルドルフ様が緑色の目を細めニコリと笑う。


ルドルフ様の笑顔には気品が漂っている。


ルドルフ様は幼いのに、彼からそこはかとない色気を感じるのはなぜでしょう?


彼の瞳を見ていると胸の鼓動が早くなります。


いけません、幼子相手にドキドキするなんてどうかしてます。








ルドルフ様に出会ったのは今から八年前。


私が十歳の時でした。


父の葬儀のあと、お義母様に自室とドレスとアクセサリーを取り上げられ、身一つで屋根裏部屋に行くように命じられたのです。


当時子供だった私には、薄暗い屋根裏部屋は、隙間風の音がおばけのうめき声のように聞こえ、とても恐ろしい場所でした。


これからどうしていいかわからず、泣いている私の元に現れたのが一匹の白いネズミでした。


ネズミさんは私とお友達になってくれました。


そのネズミがルドルフ様です。


「エラ、一緒にご飯を食べよう」


「はい」


お友達がいれば、継母や義妹にどんなことをされても、住むところが屋根裏部屋でもへっちゃらです。


「エラ、いつか僕が君がお父さんと交わした約束を果たして、君をここから連れ出して上げるからね」


「えっ? ルドルフ様なにかおっしゃいました?」


「ううん、なんでもないよ。

 硬いパンよふかふかになーれ。

 冷たいスープよ熱々のシチューになーれ」


ルドルフ様が魔法をかけると硬いパンはふかふかの白パンに、冷たく具の入っていなかったスープはお肉や野菜がたっぷり入った熱々のシチューに変わりました。


「ありがとうございます、ルドルフ様。

 一緒に食べましょう」


「ありがとうエラ。

 だけど僕は君の笑顔だけでお腹いっぱいだよ」


ルドルフ様に歯の浮くようなセリフを言われて、照れくさくなってしまいます。






ルドルフ様とそのお仲間が、私をここから連れ出してくれるのですが………それはまた別のお話。

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「継母と義妹に虐げられ使用人として働かされている私を助けてくれたのは、ネズミの精霊さんでした」短編 まほりろ @tukumosawa

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