第54話〈希望の光〉前半
1946年1月7日に僕は同じ場所で純子にプロポーズし、僕達は結婚した。
プロポーズの言葉は坂本くん並にキザな台詞を言ってしまい……
恥ずかし過ぎて目を瞑り、お辞儀をしながら差し出した日記帳を純子はおずおずと泣きながら受け取ってくれた。
「最高の誕生日プレゼントありがとう……結婚しよ? 源ちゃん」と最高の泣き笑いの笑顔で……
僕は飛び上がるほど嬉しくて、抱き締めながら「僕が一生、守るから」と言ったら、「守ってくれなくていい……私があなたを守りたい」と言われてしまった。
そして僕達は、ある約束をした。
「源ちゃん、お願いがあるの……約束して? 私より絶対長生きするって……私、もう二度と大切な人を先に亡くしたくないの」
「僕は君が先にいなくなるなんて耐えられない……同じ瞬間に死にたい」
「ダメ! 約束してくれないなら結婚しない!」
「ええ~!? しょうがないな、約束するよ……じゃあ君より少しだけ長生きして同じ日に死ぬ! それもダメだっていうなら結婚しない!」
「ええ~!? 何それ~じゃあ私、うんと長生きしないとだわ」
そう言って笑う純子の横顔は、夕日に照らされて光っていて……本当に本当にキレイだった。
入籍の日は11月1日に決めた。
そうすれば結婚記念日と共にヒロの誕生日を毎年祝えるから……
因みに平井くんは肺の病で一時危なかったそうだが、治って無事に由香里ちゃんと結婚したという手紙が届いた。
そして坂本くんの赤ちゃんも無事生まれたそうで……
付けられた名前は「
島田くんのお母さんもお元気で、長生きすると張り切っているらしい。
1946年……清水かづら先生は戦後の子供達のために文化会の会長になり、ヒロの描いた『最高に幸福な王子』を劇にして小学校の講堂で公開してくれた。
そして僕達の描いた『未来に生きる君へ』とヒロの描いた『最高に幸福な王子』は市の図書館に寄贈されることになった。
僕は漫画を今後も描かないのか聞かれたが、ヒロの書いた物語以外を描く気は全くなかった。
僕達は必死に勉強をして……僕は日本史の教師、純子は音楽の教師になった。
平井くんは作家になり、推理小説や童話を書いたり、特攻で空に散った仲間を忘れて欲しくないと色々な本を出した。
平井くんのお父さんの正体を聞いた時は本当に驚いたが……思い返せば幾つもヒントがあった気がする。
生活がだいぶ落ち着いた頃、僕達と平井くん夫妻は立教のチャペルで合同結婚式を挙げた。
平井くんちと違って僕達二人の間には子供はできなかったが、僕達は本当に幸せだった。
何の因果か分からないが、巡り巡って純子が通っていた女学校である女子高の教師となり……絵が上手いからと美術部の顧問もやる事になった。
1964年10月10日……僕達が学徒出陣壮行会をやった「明治神宮外苑競技場」が 「国立競技場」へと生まれ変わり、東京オリンピックが行われた。
何も無くなった焼け野原だった東京に沢山の新しい建物ができて、皆が希望に満ち溢れていて……昔の景色と今の景色を重ね合わせて涙が出た。
1970年8月15日……戦後25周年の講演が地元の文化センターで行われるそうで、特別講師として講演を頼まれた。
地元に暮らす戦争体験者であり、歴史の教師でもあるから適任という事になったらしい。
丁度その年は、僕達が住んでいた大和町も市制施行に伴い……新しい市の名前を市民から募集していた。
講演の日、僕はとても緊張していた。
戦後生まれの戦争を知らない沢山の学生が聞きにくるそうだが、果たしてずっと言いたかった事を伝えられるのだろうかと……
僕は持参した資料を元に太平洋戦争の歴史を説明した後、事前に用意してきた原稿を読み上げた。
~~~~~~~~~~
講演の最後に、私が戦争という時代を振り返ってきた中で最後に見つけた「戦争を繰り返さないために大切な事」をお話ししたいと思います。
1945年8月15日……25年前の今日、日本は負けて太平洋戦争が終わりました。
原爆、空襲、特攻、自決、飢餓……日本には本当に沢山のつらい悲劇が起こり、日本各地や遠い異国の地で戦っていた方を含め、本当に沢山の尊い命が犠牲になりました。
この戦争による日本の戦没者は軍・民合わせて約310万人……
戦争がなければ沢山の夢や希望を持ち、笑って暮らしていたかもしれない約310万人もの方々が、沢山の想いを残し亡くなってしまいました。
軍国主義を掲げ、自国の利益のみを追求した先に起きた戦争……
国民の命を軽視し、戦って戦って何億何千万人もの人々の幸せを犠牲にして日本は負けました。
人が殺し合う戦いに正義なんてない。
戦争は沢山の人の命を奪い、生き残った人々の人生をも狂わせました。
人を殺した事を褒めるなんて最低な世界で、誰が幸せになれるのでしょうか。
自国の利益のみを追求した主導者が他国を侵略・搾取し、他者の命や権利を踏みにじる……その先で憎しみが憎しみを呼び、その恨みは結果的に自国に還ってきて沢山の人々や未来の子供達を不幸にする。
私達はその事に、やっと気が付きました。
家族の命を奪った人を憎むのは当然の心理です。
でもそれで、その国や同じ人種の人達を全員悪魔だと決めつけて皆殺しにしようと思うのは絶対に違う。
他国を憎むように子供達を教育するのも、差別を助長して新たな悲劇を生むだけです。
沢山の血を流し、やっとの思いで締結した条約も簡単に反故にするような国は、将来的にも信用されず、世界から見放されてやがて衰退するでしょう。
今の平和は、沢山の犠牲の上に成り立っています。
戦争を繰り返さないために私達は何をすればいいか……
それは未来ある子供たちに戦争の悲惨さを伝え、二度と繰り返さないよう伝え続ける事なのではないか……
その事に気付いた時、私は歴史の教師になろうと決意しました。
これから生まれる子供達には、僕達のような思いを絶対にして欲しくありません。
戦争で起きた沢山の事を、今、生きる事を諦めている人や未来を担う子供達に伝えたい。
これから先の未来を生きる人達には、もっと幸せに生きて欲しいから……
実は25年前の今日、私は特攻隊員として死ぬはずでした。
私の代わりに親友が飛び立ち、私は生き残ってしまい……
いや、生き残ることができました。
そして「篠田弘光」……弓へんのヒロに光という名前を持つ、私のたった一人の親友は……日本で最後の特攻隊員になりました。
私は彼に生きていて欲しかった。
今でも夢に彼が……彼の笑顔が夢に出てきます。
彼とやりたい事、話したい事が本当に沢山ありました。
戦争さえなければ、今でも笑い合っている未来があったはずでした。
なぜ特攻隊員は……とよく聞かれるので今回、私なりに考えたのですが……
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