第53話〈最高の誕生日〉
※この回より以降の回は『最後の日記』の小説との繋がりや重なる部分が特に多いので、両方読んで頂けると、より言葉の本当の意味が分かります
純子ちゃんは、石が左目上にぶつかってから一時的に視力が悪くなったが……
出血の腫れで圧迫された影響だったようで、腫れが引くと回復したので安心した。
それから数ヶ月後の1945年11月15日の朝、純子ちゃんは僕に思わぬ事を言った。
「源次さん、誕生日おめでとう! 私、一緒に行きたい所があるの。付き合ってくれる?」
そう言われて手を引かれた先は、僕達の悲しい思い出がある成田山のお寺だった。
空襲の爆撃で純子ちゃんが大怪我をした場所であり、空襲で亡くなってしまった浩くんを荼毘に付した場所でもあるから行くのを避けていたのに……
「純子ちゃん、どうしてこの場所に? そういえば思い出したんだけど……初めて此処に来た時、なんで『成田山?』って驚いてたの? 結局、参拝もしなかったし……」
「やっぱり知らないか……あの日、神田明神に参拝したでしょ? 神田明神と成田山のお寺を一度に参拝すると、災いが起きると言われているの……歴史的に神田明神は平将門公をお祀りしている神社で、成田山のお寺は将門公に呪いをかけた場所だと言われているから……」
「そ、んな……じゃあ浩くんの事も父さんの事も僕のせいじゃないか! 僕がその歴史を知っていれば連れて来ることはなかった……浩くんと一緒に、あんなこと願わなければ……」
「違うわ、源次さん! あなたのせいじゃない! 本当にそんな影響があるのか誰にも分からないけど、絶対に源次さんのせいじゃない!」
「知っていれば防げたのに、知らなかったから起きてしまった悲劇もあるじゃないか! 家の中の防空壕みたいに!」
「源次さん、私ね……戦争って大嫌い! お互いを憎んで傷つけあって呪いあって、偉い人が正義のためとか言って人殺しを正当化して! それって結局、新たな不幸を生んだだけじゃない! だから、これからは……人を呪ったり不幸を願うんじゃなくて、光ちゃんみたいに人の幸せを願える世の中になって欲しいなって……」
「そうだね……」
「だからね、ここは悲しい場所だけど……どうしてもやりたい事があって此処に来たの」
「どうしてもやりたい事って?」
「私、浩ちゃんとバイバイする時にね……『痛かったね』、『よく頑張ったね』って言うことしかできなかったから……あの子が大好きだった歌、歌ってあげたいの」
「大好きな歌?」
「『浜辺の歌』……この歌の歌詞を書いた人はね。会ったことはないんだけど神田出身の人なの……だからかな? 浩ちゃんは、この歌が一番好きだった」
そう言うと純子ちゃんは『浜辺の歌』を歌った。
浩くんへの子守唄で歌っていたであろう、慈愛に満ちた聖母のような歌声で……
~~~~~~~~~~
あした浜辺を さまよえば
昔のことぞ 忍ばるる
風の音よ 雲のさまよ
寄する波も 貝の色も
ゆうべ浜辺を もとおれば
昔の人ぞ 忍ばるる
寄する波よ 返す波よ
月の色も 星のかげも
はやちたちまち 波を吹き
やみし我は すでにいえて
浜辺の
~~~~~~~~~~
悲しみを乗り越えようとする、その歌声は切なさに満ちていた。
まるで戦争で犠牲になった全ての人の安寧と幸せを、天に祈るような声だった。
僕はいつの間にか涙を流していて……歌い終わった彼女に拍手をしていた。
「ありがとう純子ちゃん! 感動したよ、今までで一番! なんか浩くんだけじゃなくて、ヒロ達や、おじさんおばさんや、父さんや色んな人達にも届いた気がした……」
「ありがとう、源次さん」
「出征前の『故郷』といい昔から君の歌には救われてばかりだ……東京大空襲の時も、君の歌は真っ暗闇にいた人達にとって希望の光みたいだったよ。迷った時の北極星みたいに君の歌はいつだって僕達を励ましてくれた」
「そんな……大げさよ……」
「不思議だよね、歌って……長い文章は覚えられないのに、歌は長くても自然と覚えてる。子守唄も童謡も何年も前に生まれた歌なのに、みんな知ってて歌い継がれて、日本人の心に残ってる……」
「確かにそうだわ……」
「音楽には時間や場所を超える力があるのかもしれないね……たとえ作った人が亡くなっても、作った歌は歌い継がれ、歌に込められた思いは生き続ける……」
「本当にそうよね。実はね……『浜辺の歌』の作曲をした方は先月、亡くなってしまったの……東京音楽学院の教授の方で、その学院は今度、国立音楽学校っていう名前に変わるらしいんだけど…………私、いつかこの学校に入りたい! そこで沢山学んで音楽の先生になりたい! 私、歌に何度も励まされてきたから思いを繋いでいきたいの」
「それは、素敵な夢だ! 応援するよ! 僕も先生の『あした』って歌に励まされてた……船乗りの父さんの帰りを待つ歌だからね」
「あの歌も先生が作った歌だったのね……」
「そういえば『靴が鳴る』って歌、先生が本郷の小学校にいた時の遠足の思い出の歌らしいよ? だから僕達が見たのと同じ景色や同じ空を見て作ったのかもしれないね」
「それって素敵……時代が違っても想いが空で繋がっているみたい……いつか誰かが作る歌の風景の中に私達がいて、私達も歌の一部になっていたら面白いわよね」
「そうだね……」
「源次さん……一緒に来てくれて、本当にありがとう……源次さんと一緒じゃなかったら、私は此処に来る事ができなかった……あとね、私……もう一つ今日したかった事があるの」
「なあに?」
「あのね……私ね…………私……源次さんの事、ずっと……」
「好きだよ、純子ちゃん…………僕は君が、ずっと好きだった…………ずっと言いたかったけど、ずっと言えなかった……」
「源次……さん?」
「ヒロは僕達の幸せを願ってくれたけど、僕達が生きている今はヒロ達が生きたかった未来だから……あいつが旅立ったのは3ヶ月前の15日で、今日は丁度月命日だし言うのはやめようって何度も思った……でもね、思い出したんだ」
「浩くんが僕にくれた『お姉ちゃんをお願い』っていう最後の言葉を……ヒロの『純子のこと頼んだ』って言葉と紫のタスキを……二人の思いを繋いでこれからは僕が、浩くんみたいに純子ちゃんを守って、ヒロみたいな冗談言って純子ちゃんを毎日笑わせたいって思ったんだ」
「嬉しい……本当に夢みたい。だって駅で言おうとしたら行っちゃうし、基地でも言えなくてずっと苦しかったから……今日の源次さんの誕生日に勇気を出して言おうと思って」
「光ちゃんが知らせてくれた手紙に書いてあったの……最愛の思いを伝えるなら、この言葉が一番いいからって……その言葉を今日言おうと思ってたんだけど、あのね源次さん」
「私……源次さんを…………愛…………ごめんなさい、恥ずかしくてやっぱり言えない……けどいつか言えるように頑張る!」
「僕も君の夢が応援できるように頑張るよ! 今はお金がナイチンゲールだけど……」
「ブッ何それ~アハハその言葉、久し振りに聞いたわ~」
「あいつが言ってたの思い出して……」
「ねえ、源次さん? お願いがあるの……これからは源次さんの事、『源ちゃん』って呼んでいいかな?」
「いいよ……じゃあ……僕も『純子』って呼んでいい?」
「もう呼んでるじゃない」
「いつ?」
「……秘密~」
純子ちゃんはそう言うと、僕の頬に口づけをした。
恥ずかしがって真っ赤になっている姿があまりに可愛くて……
僕は思わず抱き寄せて、僕達は初めての口づけをした。
1943年4月1日に合併され、父さんが乗っていた戦艦と同じ『大和』町になった、この場所で……
戦後で物が無くてお腹も空いてたけど……今日は最高の誕生日になった。
「戦争で日本はほぼ何も無くなっちゃったけど、ここは浩くんも好きになってくれた軍艦『大和』と同じ名前の場所だし、いい町になるよ」
「そうね……」
「浩くんが元々好きだった『長門』も2ヶ月前の9月15日に米軍に接収されて日本籍から除籍されたけど……関東大震災の時に中々出ない命令を待たずに人を助けようと行動を起こして駆けつけた『長門』の人たちの誇りは消えないよ! 『大和』も『長門』もすごい船なんだ!」
「フフッなんだか源次さん、浩ちゃんみたいね。私、気付いたの……二人とも源次さんの中にちゃんといる! だからね? 此処で言いたい事があるんだ」
「なあに?」
「源ちゃ~ん! 改めて誕生日、おめでとう~」
「浩ちゃ~ん、6月6日過ぎちゃったけど……誕生日おめでとう~私の弟に生まれてきてくれて……ありがとう~」
「そして光ちゃ~ん、11月1日過ぎちゃったけど……誕生日、おめでと……本当に……ありがと……七夕に……会えてよかった」
僕は泣き崩れた純子ちゃんを後ろから抱き締めながら決意した。
純子の今度の誕生日に、絶対プロポーズしよう……
そして僕達の思い出が残せるよう、分厚い日記帳をプレゼントしようと……
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