第50話〈最後の特攻隊〉後半

 探していたお揃いのペンは、ヒロのカバンの一番奥に隠されていて……

 その下には「源次へ」と書かれた手紙が入っていた。


「もしかしてヒロ……純子ちゃんにも手紙を書いてたのは、本当は最後に会いたかったからなんじゃないのかな……」


「いいえ、一番の理由は多分違うわ…………きっと源次さんを一人にしたくなかったのよ……光ちゃん源次さんのこと大好きだから……これ見て?」


 純子ちゃんの手に握られていたのは、以前駅でラブレターと言いながら渡していた方の手紙だった。


「開けるの誕生日って言われてたのに……」


「先月の七夕の日に読んじゃった……7月7日はね……光ちゃんが初めてうちに来た日なの…………私達が一緒に暮らす始まりの日で、ある意味誕生日だし、いいかなと思って……」


 僕達は背中合わせになって、ヒロからの手紙を読んだ。

~~~~~~~~~~


〈源次へ〉


最初の日にも嘘ついとったが、最後の日にまで嘘ついてごめんな。


俺は本当は、お前が絵が上手いことも、お前の誕生日が11月15日だってことも、問題用紙の落書きや受験票の生年月日を見て知ってたんや。


ちなみに「彗星」は1940年11月に完成して11月15日に初飛行に成功したそうや……

尊敬する坂本龍馬と、俺にとって一番の親友のお前と同じ誕生日の機体で飛べるなんて、こんなに幸せなことはない。


だからこれは俺の選んだ道で、

俺の願いだから、

お前達が気に病む必要はない。


お前は、俺の願いを叶えてくれた。


昔、小さい時に流れ星に願ったんや。

母ちゃんを返して下さい……

流された父ちゃんが見つかりますように……

一生の友達ができますようにって……


お前が俺の一生の友達……運命の親友やった。


それぞれの道を進んだ先で出会うって、ごっつすごい事なんやで?

お前には本当に感謝してる。


源次……お前はいつだって自分の事より誰かを思って行動できる、凄い奴やった。

お前みたいな奴が沢山おったら、戦争なんか起きてへんかもな~って何度も思った。

お前はいつも自分に自信がないような事言うとるけど……お前みたいな奴こそ、これからの時代に必要なんやで?


せやからな源次……

お前には生きていて欲しいんだ。

俺は、お前達に幸せになって欲しいんだ。


だからこれは、俺からの最後のお願いだ。

絶対に生きて帰れ!

そんで早う結婚しろ!


純子のこと頼んだぞ。

あいつはお前が好きなんだ。

お前じゃなきゃ駄目なんだ。


俺は明日を信じてる。

お前達が幸せになって、

この世界の誰もが平等で、

笑って暮らせる未来が必ずくる!

お前達が、そう変えてくれることを信じて……

俺は行きます。


追伸

坂本と島田にもろた、一緒に撮った写真を同封します。

俺と源次は、どこまで行っても親友や!

100年後の天国で待っとるで!


~~~~~~~~~~


〈純子へ〉


ずっと素直になれなくて、ごめんな。

お前が作ってくれた料理、あんま褒めたことないけど……本当は全部、美味しかった。

里芋の煮物なんか母ちゃんが昔作ってくれた味に似てて、涙が出る程うまかった。

源次みたいに素直に褒められなくて、すまん。


俺は、お前達に出会えてラッキーだ。

親を亡くして悲しくて寂しかったけど、その先で純子たちと一緒に暮らせて、めっちゃ幸せやった。


本当はお前を、源次に取られたくなかった。

でも源次と一緒にいる時のお前が一番、幸せそうで好きやった。

お前らウブ過ぎて、見てるこっちが恥ずかしゅうなるわ。


源次のこと頼むな……

最後まで世話かけてすまんのう。

俺はお前のこと、大好きだった!

お前らのことが、ずっとずっと大好きだ!


出撃前に辞世の句を読むらしいから、俺も作ってみたわ。

これでも立教の文学部やからな!


~~~~~~~~~~

澄み渡る 空に願いし


幸せを そのみなもと


永遠とわに 護らむ

~~~~~~~~~~


あ~から始まる大切な言葉は、源次のために取っておけ。

あと、お前ら早う結婚しろ!

俺は空が好きだから、もし二人に子供が生まれたら、名前は「空」がええな~なんてな。


二人の幸せだけを願って、

俺は行きます。


追伸

俺が死んだらツバメになって、

お前らの家に毎年会いに行くわ!

~~~~~~~~~~


 ヒロの最後の手紙は、幸せを願う言葉ばかり残されていた。


 何も持たず、たった一人で飛び立って……

 本当はペンだけでもヒロに渡したかったが、返したい相手はもうこの世にいない。

 だからあいつの使っていたペンは、純子ちゃんにあげることにした。


「ヒロ……マフラーをくれてありがとう……僕のは血だらけでそのまま焼かれてしまったから、コレがヒロと僕を繋ぐ形見になったよ…………紫だから結ぶと立教のタスキみたいだろ?……お前から貰ったタスキ、必ず、繋いでいくからな」


「私ね……光ちゃんの笑顔や声が大好きだったの……これからもきっと大丈夫、ちゃんとココに残ってるから」


 純子ちゃんはヒロが使っていたペンを、大事そうに胸に抱き締めた。


 1945年8月15日の正午、玉音放送が流れ、太平洋戦争は終わった……

 その全文には、戦争への苦悩と平和への願いが込められていた。


 前日の8月14日に山口・岩国大空襲、8月14日深夜から15日にかけて埼玉・熊谷空襲、群馬・伊勢崎空襲、秋田・土崎空襲もあり、戦争中の本土空襲の回数は約2000回……

 投下された焼夷弾は約2040万発、撃ち込まれた銃弾は約850万発、犠牲者は、確実な数字で45万9564人だという。


 太平洋戦争での日本の死者は、軍人・軍属・准軍属合わせて約230万人、外地の一般邦人死者数約30万人、内地での戦災死亡者約50万人……合わせて約310万人の方が戦争で亡くなってしまった。


 特攻隊の戦没者は、陸・海軍あわせて約6000人……17歳から32歳までの平均年齢21.6歳の若者が、沢山の想いを抱えて空に飛び立った。


 特攻作戦を進めた「特攻の父」と言われていた中将は、終戦直後に死んで責任をとると割腹自殺……「死ぬ時は出来るだけ長く苦しんで死ぬ」と介錯を拒否し、長時間苦しみながら亡くなった。

 生き残った若い人たちに「諸子は国の宝なり」と呼びかけ、世界平和を願った遺書を残して……

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