第51話〈最高に幸福な王子〉

 玉音放送の後、しばらくして「元特攻隊員はすぐにでも返せ」との中央からの命令があり……僕達は追い出されるように百里原基地を後にした。

 埼玉の実家に帰る前にヒロのことを報告するために、土浦の食堂に向かった。


「いらっしゃいませ〜あら、高田さん!? よかった〜生きてらっしゃったんですね!……それと純子さん? どうも始めまして」


「僕の送った手紙届いてたんだね! 由香里ちゃん、あのね……報告があるんだ…………8月15日、僕の代わりにヒロが出撃して、あいつは立派に散華したよ……ごめん……ごめんな、本当は俺が……」


「そ、んな……」


「急な出撃だから手紙はないんだけど、後で平井くんにも伝えてもらえるかな?」


 由香里ちゃんは泣きながら言った。


「ハイ……後で必ず……伝えておきます……あの、私……昔は本気で……篠田さんが好きでした……正直、『純子』って『純』が付く名前になりたかった程……でも篠田さんは高田さんが大好きだったから……ホタルの時、源次とは火傷の跡までお揃いなんだって自慢してたし……だから高田さんが生きていてくれて、よかったです!」


「ありがとう……ヒロが右で僕が左にある火傷の話、由香里ちゃんにもしてたのか……」


「ここ素敵な食堂ですね……うちも食堂をしていたんです。播磨屋っていう……」


「えっ、高田さんの火傷って左にあるんですか? それに、播磨屋って…………ちょ、ちょっと待って下さい」


 由香里ちゃんは2階に何かを取りに行った様子で……しばらくして和男くんと一緒に階段を降りてきた。


「高田兄ちゃん久し振り! ねえ、コレ篠田兄ちゃんが春に来た時、『ずっと前に約束してた誕生日祝い』ってくれた自作の漫画なんだけど、見てみて?」


 和男くんは1冊のノートを見せてくれた。

 それは僕がヒロにあげたノートだった。

 僕は、それを……所々ヒロの声で再生しながら読み進めた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


【最高に幸福な王子】


ある日、左の翼をケガしたツバメが飛んできて

幸福な王子の像の影で、しばらく休むとケガが治りました


協力してくれないか?

え〜いやだよ、めんどくさい

南の島に行かなくて大丈夫なのかい?

僕、決めた! ここに残って最後まで君の願いを叶えるよ!


ありがとうツバメさん

じゃあ最後じゃなくて、最高に幸せなお願いがあるんだ

僕の胸の中にある鉛の心臓を届けて欲しい


あそこに柄杓のような七つの星があるだろう?

あれと反対の方角に飛んで行った所にハリー屋というお店があって

泣いている女の子がいるから……

分かった! 必ず届けて戻って来るから待っててね!


行ってらっしゃい……

行ってきます!

けれどハリー屋なんてお店は、どこまで行ってもありません


てもツバメは王子の願いを叶えようと、一生懸命に飛び続けました

おかしいな? どこまで行っても見つからないや……


朝になった頃、ツバメは気が付きました

あんなに寒くて凍えていた朝ではなく

温かな光に包まれていることに……

これは王子がついた優しい嘘で

これが最後のお願いだったことに……


王子は幸せでした

たった一人の大切な親友が

仲間とともに生きているのですから


遠く遠く離れていても

心は一緒で繋がっているのですから


ツバメは空を見上げて飛んでいきました 

その後ろには沢山の色々な種類の鳥たちが続いていきましたとさ


おしまい

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 最後のページには、青空の中……ツバメが一番先頭になって、太陽の光に向かって飛んでいる、沢山の鳥達の絵が書き込まれていた。


「相変わらず絵……下手くそ……」


 僕は涙が止まらなかった。

 童話を元にしているが、あいつが描いた漫画の中で間違いなく最高傑作だった。


「この漫画は高田さんに出会ったから描けたんですね……出会わなければ生まれなかったもの……ですよね?」


「僕ね……この漫画大好き! この漫画のおかげで戦争に負けても頑張ろうって思えたよ? 僕の宝物だったけど、高田兄ちゃんにあげる!」


「え……でも……」


「ツバメは高田兄ちゃんのことだったんだね〜はい、コレ……篠田兄ちゃんは本当は高田兄ちゃんに渡したかったんだと思うから……今度はお兄ちゃんが持ってて?」


「和男……くん……ありがとう……本当に……ありがとう……」


「源次さん……よかったわね」


「うん…………そういえば平井くんはこの間、島田くんの手紙を届けに来た時に泣き過ぎて咳が止まらなくなってたけど最近は大丈夫かい?」


「実は……体調崩して実家の池袋に帰ってるんですけど、治って落ち着いたら今度結婚する事になって……」


「えっ大丈夫? でも、結婚おめでとう〜! それにしても平井くんって実家、池袋だったのか」


「しかも婿養子に入ってくれるらしくて……住む場所は埼玉の別宅なので結婚したら、みんなで引っ越すんですけど……富士山がよく見える場所らしくて楽しみなんです! 私、富士山見たことないので!」


「ほんと!? それは、よかったね~そう言えば、この食堂って何て名前なの?」


「三田食堂です! 埼玉に移っても食堂続けるんで、新しい店に皆さんで来て下さいね!」


 僕は長年の謎が解けて、すっきりした気分で純子ちゃんと実家に向かった。

 地元の駅に着くまでは……

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