第41話〈奇跡の再会〉
純子ちゃんは頭の包帯はすぐに取れたが、爆風を受けて倒れ込む時に右腕を骨折しており……数日入院したのちに退院し、完治するのは2、3ヶ月後とのことで右腕を固定した三角巾の包帯と眼帯姿で一緒に家に帰った。
家に着くと……
「源次! 大変だよ……お父さんが……」
ラジオから流れていたのは大和の沈没のニュースだった。
「そんな……大和が……沈んだ?」
「大和が沈むなんて……日本も終わりだよ」
母さんは涙も流さず呆然と畳にへたり込んだ。
僕は父との思い出が走馬灯のように浮かんでは消えた。
小さい時の肩車や小学校の入学式……出征する前に一緒に歌った『あした』という先生が作った歌……
父さんはどんな思いで海に沈んでいったのだろうか……
僕は何とも言えない怒りが込み上げてきた。
「クソッ! 今すぐにでも百里原行って特攻を志願して父さんの敵をとってやる!」
僕は家を飛び出した。
あの時、ヒロが言っていた気持ちが分かった気がした。
「源次さん、待って!」
純子ちゃんは痛みを我慢して僕の後を追い、僕の着物の裾を掴んだ。
「光ちゃんが言ってたの……うまい事言っとくから、お前は戻って来るなって……だから……」
「いいや、僕は行くよ……必ず敵をとる!」
「お母さんの側にいてあげて! 私は光ちゃんしか家族がいなくなっちゃったのに行ってしまった……それがどんなにつらいことか……お母さんには源次さんしかいないの!」
「今度こそ君を守りたいんだ! 父さんや母さんの無念を晴らしたいんだ……空襲で死んだ静子おばさんや浩くんの無念も…………何より君を……お願いだから君を……守らせてくれ」
そして、あっという間に僕が百里原に戻ると伝えていた日になった。
純子ちゃんは無理が祟ったのか具合が悪くなり寝込んでしまった。
駅での見送りは断っていたので、家を出る時は近所の人も沢山見送りに来てくれた。
家を出る前の母さんの最後の言葉は「バンザーイ、バンザーイ、バンザーイ」だった。
これが母さんと交わす最後の言葉かと思うと何だか虚しくて……純子ちゃんとも話せないまま別れるのが苦しくて……僕は駅に行く前に小学校に向かった。
少しでも懐かしい景色を目に焼き付けたかった。
校門の外から校庭を見ると、浩くんが守ろうとした桜が満開で……本当にキレイに咲いていた。
「父さんは昔……僕が入学式の時に、あの桜の下で笑ってたっけ……」
そんな事を思い出しながら眺めていたが……よく見ると、桜の木の下に一人で寂しそうに桜を見上げている女の子がいた。
それは迎えに行った時に紹介された、安子ちゃんだった。
浩くんは「一緒にお花見をしよう」……そんなささやかな願いも叶わなかった。
そう思ったら、今まで我慢していた涙が溢れて……
浩くんとの思い出や、父さんの優しかった笑顔や声も浮かんできて……
校門の影で号泣した。
純子ちゃんや母さんの前では絶対、泣くわけにはいかなかったから……
誰もいなかったのが不幸中の幸いだ。
僕は一人、涙を拭いて歩きだした。
駅に着くと、居るはずのない純子ちゃんが待っていた。
「よかった……間に合った……」
「純子ちゃん? 具合は?」
「そんなの全然大丈夫……源次さん、私……」
「最後に会えてよかったよ……母さんの事、お願いします……安心して? あいつをここに戻すまで死なないから……必ずあいつを純子ちゃんの所に帰すから…………って最後にちゃんと、言っておきたかったんだ…………じゃあ、行ってきます」
「待って……行かないで……私は……あなたのことが……」
純子ちゃんが何か言っていた気がしたが……電車の発車音にかき消されてよく聞こえなかった。
父さんの乗っていた『戦艦大和』は、日本海軍が建造した世界最大の戦艦だった。
大和が沈んだのは4月7日……
沖縄で激しい攻撃を受けていた日本軍は、5日に「海上特攻隊として沖縄に突入せよ」という命令を大和に下し、6日に出撃した。
翌7日、大和は鹿児島県の沖合で米軍艦と航空機からの激しい攻撃を受けて甲板は血の海……
必死の抵抗が続くも魚雷が決定的な打撃となり、大和は大きく傾いて沈没……海中で爆発し、深い海へと沈んだ。
重油が漂う海にかろうじて浮かんでいた者も機銃掃射にさらされ……駆逐艦『雪風』『冬月』などに救助された者もいたが、乗員3332人のうち9割以上の3056人が亡くなってしまった。
百里原に着くと、ヒロは驚いて……僕が4月に入って起きた事を報告すると、頭を抱えて膝から崩れ落ちた。
そして東京大空襲の後にも各地で空襲があったことを教えてくれた。
3月12日には名古屋、3月13日には大阪、3月17日には神戸、3月19日には広島・呉軍港、4月12日には福島・郡山、4月15日には神奈川・川崎……
色々な県出身の者から聞いたとのことだが、大阪出身の隊員から聞いた大阪空襲では地下鉄に逃げて被害のない地域に脱出できた者もいたそうで……
その話を聞いた時は、避難所にいた勤労学生の女の子が尽力したのかもしれないと思った。
その子から聞いた話だが、地下鉄は駅構内が崩壊したり、火災やガス漏れ、水が流入しない限り安全で……豪雨や津波などによる浸水もある程度時間がかかるそうだ。
最も心配なのは人が出入口に押しかける群衆雪崩の圧死で、誰かがパニックになっても我先にと追従せず冷静になった方がいい……とも言っていた。
「菊水作戦」は4月6日から始まっていて、百里原海軍航空隊では4月10日に『正気隊』という部隊名で特攻作戦に参加することになった旨の訓示が上官からあったそうで……
鹿児島の
最後の想いを日記や手紙に残して飛び立っていく仲間を見送るのは心苦しかった。
僕達は療養明けということもあって、すぐには編成に組み込まれず……飛行訓練に励んでいた。
5月5日……十一連空が解散され、第十航空艦隊直卒に改編し、解散した名古屋海軍航空隊・姫路海軍航空隊・宇佐海軍航空隊隊員が百里原海軍航空隊に編入された。
「宇佐空編入ってことは……さ、坂本くん? し、島田くん?」
「よう、高田~篠田~また会ったな! だから言っただろ?」
約7ヶ月振りの再会だったが、相変わらず坂本くんは爽やかで……ヒロは感動のあまり、固まっていた。
「す、すごいよ……奇跡だよ、また会えるなんて……」
「相変わらず高田は純粋だな……篠田は…………驚き過ぎだ」
島田くんは相変わらずクールだった。
僕達は久し振りの再会に肩を寄せ合って喜びを分かち合い、昔話に花を咲かせた。
興奮気味だった気持ちが落ち着いてきた頃、坂本くんが……
「東京の方は酷い空襲があったと聞いたが、貴様達の所は大丈夫だったか?」
「それが……」
僕達が今まであった事を話すと……二人とも自分の事のように悲しんでくれた。
「俺達の地元の千葉には、まだ大規模な空襲はないが……いよいよ危ないかもしれないな」
「まあ、家の下に防空壕があるから大丈夫だろ」
「その防空壕はあかん……みんな蒸し焼きになったんや……静子おばさんもそこで死んだ……もし家族もそれで油断しとるんなら、手紙で連絡しといた方がええ! 軍事郵便は検閲があるから、少し離れた所にある郵便局からならこっそり出せるから」
「わ、分かったよ……」
「坂本くんは? お正月に涼子さんとかに会えた?」
「じ、実はな…………俺達…………結婚して子供ができたんだ」
「え~!? いつの間に?」
「しょ、正月に色々あってバタバタとな……」
「え~おめでとう! 生まれるの楽しみだね! 男の子かな? 女の子かな?」
「赤ちゃん、女の子でもお前に似たら足が早うなるやろな~大っきくなったら競争や!」
「こいつに似た男だったら絶対キザになりそうだよな……」
「アッハッハ貴様ら気が早すぎだぞ! 男の子でも女の子でも涼子に似て美人な優しい子になるに決まってるじゃないか~」
「それは、それは……ごちそうさまで~す」
僕達は久し振りに大笑いした。
自分達が特攻隊に編成されるかもしれないということを、その瞬間は完全に忘れていた……
しばらく談笑していたら、総員集合がかけられた。
「え~ただ今より5月12日に出撃する事になった『第三正気隊』の編成を発表する! まずは坂本亘! 貴様は優秀だからな、期待しているぞ!」
「待って下さい! 坂本くんは……」
「高田!…………いいんだ……いつかは来る事だから」
「でも!」
「ここにいる者は皆、大切な家族を残して来ているんだ……俺だけ特別、というわけにはいかないよ」
その後も発表は続いたが、僕達四人の中で呼ばれたのは坂本くんだけだった。
「なんで坂本が…………俺が代わってやりたい気分や……」
「坂本くんは、生まれる赤ちゃんを見られないってこと?」
「クソッ、あいつに先を越されるなんて……」
「おい貴様ら、出発はまだ先だが……四人で写真を撮らないか? この奇跡の出会いに感謝して……」
百里原基地にはカメラがあって、各基地に出発する前に写真を撮るのが恒例になっていた。
四人で撮るのは初めてで、発表のショックが大きくて三人とも中々笑えなかったが……
坂本くんがみんなを笑わそうと僕達の脇の下を小突いた。
そうして撮った四人の写真は、みんな最高の笑顔だった。
特に坂本くんは、全く悲壮感を感じさせない……とても綺麗な笑顔だった。
その笑顔の奥に本当はどんな思いを抱えていたのか……僕達は全く分かっていなかった。
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