第42話〈封じ込めた想い〉

 あっという間に5月12日の出撃に向けて坂本くんが串良に旅立つ日になり……

 出発の日の朝、僕は坂本くんから「手紙と詩集を涼子に送って欲しい」と頼まれた。

 ヒロと島田くん、それぞれとの別れの挨拶を済ませた坂本くんは……最後に僕の所に来て、こっそり耳打ちをした。


「手紙と詩集、頼んだぞ! 貴様らへの……お前らへの思いも書いてあるから、読んだ後に出してもらえると助かる……じゃ! 行ってくる!」


「坂本くん、待って……」


 僕は坂本くんに色々教えてもらったり助けてもらったお礼を言いたかったが、坂本くんは颯爽と機体に乗り込み飛び立ってしまった。

 僕達の呼びかけに振り向きもせずに……


 僕は落ち着いた場所でヒロ達に坂本くんの手紙の事を話し、一緒に手紙を開いた。

 そこには綺麗な文字で沢山の文章が書かれていた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

(この手紙は百里原で再会した

親愛なる仲間に託す事ができます故、

今までとは違い本心を書きます)


涼子……元気にしてるか?

お腹の子も無事か?

君がくれた手作りの詩集、何度も読んだよ。

君の想いが沢山つまっていた。

仲間も感動して泣いていたよ。

君が書いた詩集だと知ったら驚くだろうな……


俺は海軍に入って本当によかった。

飛行機乗りを志願して、本当は不安で不安でたまらなかったのに……

その先で最高の仲間に出会った。


そして何より、君を好きになって本当によかった。


俺は君の思い出の中で、笑っていられたらそれでいい。


名前を決めてくれと言われて考えたんだが……

俺は音楽が好きだから音楽に因んだ名前か……二人が好きな文学に因んだ名前か……と考えていて浮かんだことがある。


名前は君が決めてくれ。

君は自由だ。

死にに行く俺に縛られることなんてない。

これからの未来は全部、君次第だ。


俺はこの世で一番尊い音楽は、

人の心臓の音だと思っている。

君の中で小さな鼓動が繰り返し鳴って、

小さな命が生きている事が

たまらなく嬉しい。


初めてのお産は不安だろうに……

側にいてやれなくて本当にすまない。


涼子……その子をお願いな。

出来ることなら生まれた子供を肩車して

色々な景色を見せてやりたかったが……

新しい伴侶でも見つけて、そうしてやって欲しい。


子供が無事に生まれて、君たちがいつまでも幸せに暮らせますように……

土浦で出会った大切な仲間が、みんな無事に家に帰れますように……

それが俺の、最後の願いだ。


長くなってすまない……

俺のもう一つの想いは、二人の思い出の中に封じ込めて俺は行きます。


愛すべき君と母上と、まだ見ぬ我が子の幸せを、いつまでもいつまでも願っている。

それと最高の仲間の幸せも……


追伸

仲間と撮った写真を同封します。

いつか会いに行くことがあったら、丁重に持て成してやって下さい。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 僕はそれを読んで涙が止まらなかった。


「あいつは、ほっんまに……キザやなあ……おかしいわ……前が見えへん」


「本当にあいつは……バカな奴だよ……」


 坂本くんは特攻に行くとはどういうことなのか身を持って教えてくれた。

 まるで「貴様らは来るな」、「お前達には同じ思いをして欲しくない」と言ってくれているようで……僕達は三人で背中を寄せ合って泣いた。

 落ち着いてきた頃に、ふと疑問が湧いた。


「二人の思い出の中に封じ込めた、もう一つの想いって何だろう?……」


 ふと一緒に渡された詩集を開いて見ると、中の文字に所々○が付いていた……


「この『笑う』って漢字だけ半分の丸になっている………………っ……もしかして……」


「どないしたんや、源次?」


「暗号だよ! この詩集の丸の部分を読んでいくと、文章になる!」


 一文字ずつ辿って読んでみると……


「サカモト、ワタルハ、リヨウコヲ、イツマデモ、アイシテル……ズット、イツシヨニ、イタカッタ……」


 それを読み上げた途端、今までどんな時も冷静だった島田くんが声を上げて泣いた。


「バッカヤロウ! こんな暗号残して、自分の気持ち押し殺して……飛び立つ直前まで泣くの我慢して、最後までかっこつけてんじゃねーよ!」


「坂本くんが……泣いてた?」


「ああ……飛び立つ直前にクシャクシャな顔して泣いてたよ……俺はあいつに何もしてやれなかった……ずっと、あいつに救われてたのに……」


 暴れる島田くんをヒロが泣きながら抱え込んで……落ち着いた頃に島田くんがポツリと言った。


「俺、ずっと出してなかったけど……母ちゃんに手紙書くよ……あいつの嫁さんが無事に赤ちゃん産めるように……絶対、守ってやってくれって……」


「そうだね……それがいい……」


「防空壕のこと書くのも……忘れんなや?」


 僕はその夜、坂本くんの手紙に背中を押され……純子ちゃんとの約束を守るために、ある計画を実行することにした。

 僕にはずっと考えていた作戦があった。

 航空隊の命は目だ……目が悪かったら飛ぶこともできない。

 つまり目を怪我をすれば、「お前は使い物にならないから仕方ない」と違う部署に異動になるか、ひいては家に帰れるかもしれない。

 ヒロを傷つける事をしたくはないが、背に腹は代えられない。

 眼球を傷つけないように瞼の上に傷をつければ、必然と眼帯をすることになって飛べなくなるだろう……


 隊服の短剣は錆びているので、僕は部屋にあった純子ちゃんに貰ったGペンの先が下を向くように持って……寝ているヒロにそっと近付いた。


「源次? 何しとるんや?」


 ヒロは目を瞑ったままでも何もかもお見通しといった感じで……僕は驚いた。


「何をしとるって聞いてるんや!」

 

「ご、ごめん……僕はただ、ヒロは純子ちゃんの所に帰って欲しくて……」


 目を開けたヒロは今まで見たことがない怒りの表情をしていた。

 僕達は周りに聞こえないように小さな声で大げんかした。


「俺は耳もええから、お前がやろうとした事は大体分かる……けどな? 俺は空が好きなんや……俺から飛ぶことを奪うな!」


「ヒロ、お前……純子ちゃん残して死ねんのかよ! あの坂本くんだって泣いてたんだぞ!」


「俺の覚悟はもう決まっとるんや……こんな事、二度とすんなや? また同じ事したら…………絶交や……俺は、お前を、絶対に許さへん」


 初めて聞いた本気で怒った声だった。


「それに、このペンはお前の宝物やないかドアホウ! こんな事するためにあるんやない……ペンは色んな人に、大切な人に、大事な事を伝えるためにあるんやで?」


 ヒロは僕の頭に手を置いて、優しく諭すように言った。


「ごめん…………ごめんね、ヒロ……」


 僕はヒロに泣きついて……そのまま泣き疲れて眠ってしまった。


 5月12日……坂本くんは空に旅立った。

 そして、これをもって『正気隊』としての特攻作戦は……終了することとなった。


 東京では4月13日・14日にも空襲があったが……

 5月24日・25日の「山の手空襲」ではB-29が5月24日未明に558機、5月25日の夜間に498機が襲来し、2日間で落とされた焼夷弾は3月10日に投下された時の4倍に近い量で……

 皇居のほか広い範囲が焼け、赤坂や原宿・表参道などは火の海で4000人以上が亡くなった。

 坂本くんが通っていた三田にある慶應義塾大学もこの空襲で被災し……

 慶應は普通部校舎の全焼など全国最大の空襲罹災大学といわれるようになってしまった。


 5月29日の横浜空襲では死者が8000人〜1万人にのぼり、市内人口の約3分の1である31万人が被災した。


 全国で空襲が日常のようになってしまっていた6月10日……

 ヒロがバタバタと部屋に駆け込んできた。


「大変や! さっき上官に聞いたんやけど、土浦の海軍基地が攻撃されて、周辺一体が火の海だそうや!」


「嘘でしょ!?」「嘘だろ!?」


「土浦には平井くんや食堂のみんながいるのに……今すぐ助けに行こう!」


「せやな!」「おうよ!」


 僕達は急いで上官の元に行き、ヒロが代表で訴えた。


「お願いです! 土浦に助けに行かして下さい! 土浦には昔の仲間がおるんです!」


「分かった……人手が必要な今、慣れている者が向かった方が心強いだろう……お前達、行ってこい!」


「「「はい!!」」」


 僕達は急いで土浦海軍航空隊の基地に向かった。


「平井くん……みんな……どうか無事でいて……」


「平井……お前まで死んだら承知しないからな!」


「平井くん! みんな! 死ぬんやないで!」

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