第39話〈新しい空へ〉前半

 僕達は埼玉の実家に移る前に焼け残った神田明神に行き、最後のお参りをした。


「みんな何てお願いしたの?」


「俺は秘密や」


「私はね、みんなでお守り持ってまたココに来れますようにって……お揃いのウサギの人形、ちゃんと持ってる?」


 僕達が隊服のポケットからウサギの人形を出すと、純子ちゃんもモンペのポケットから取り出して……3羽揃ったウサギを見つめて嬉しそうに笑った。


「ずるい〜僕のお守りは〜?」


 すると純子ちゃんは位牌の中から浩一おじさんが託した軍帽の星を取り出して……


「浩ちゃんにはコレがあるでしょ? あと、お母ちゃんの服は防空頭巾の中に縫い付けておいたから、これでお母ちゃんともいつでも一緒よ?」


 浩くんは「わ〜い、わ〜い」と飛び上がって喜んでいた。

 それからみんなで缶の中の軍粮精を分けて舐めた。

 少し焦げていたが砂糖が溶けた香ばしい匂いがして……それは今まで食べたどんなものよりも美味しかった。


「姉ちゃん、なんか歌ってよ〜」


「じゃあ『椰子の実』は? 私、好きなんだ〜どんなに遠くにいても心が繋がっている気がして……せ〜のっ」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

名も知らぬ 遠き島より

流れ寄る 椰子の実一つ

故郷の岸を離れて

なれはそも波に幾月いくつき


もとは いや茂れる

枝はなお 影をやなせる

われもまたなぎさを枕

孤身ひとりみ浮寝うきねの旅ぞ


実をとりて 胸にあつれば

あらたなり 流離りゅうりうれい

海の日の 沈むを見れば

たぎり落つ 異郷の涙

 

思いやる八重の汐々しおじお

いずれの日にか 国に帰らん

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 純子ちゃんの歌声は澄み渡る空に溶けて、浩一おじさんと静子おばさんがいる天国まで届いているような気がした。


 地元の最寄りの駅に着くと……純子ちゃんが「氏神様にご挨拶に行きたいから、初詣に行ってる場所に連れて行って」というので寄り道をした。


「浩くんも知ってる先生のうちと僕のうちが毎年待ち合わせしてお参りをしてたから隣町のお寺なんだけど……」


「わ〜素敵な所……源次さんは何をお願いするの?」


「僕は大和に乗ってる父さんが無事に帰ってきますように〜っかな」


「僕はね〜友達が沢山できますように〜っ」


「私はね〜……ちょっと待って……このお寺、成田山シン……ゴ……ジ……?」


「そうだけど、どうしたの?」


「なんでもないわ……行きましょう」


「急にどないしたんや、俺はまだ……」


 純子ちゃんの様子に違和感を抱きつつも、僕達は家に向かった。


「いらっしゃい、みんな待ってたわよ〜二人のケガが治るまでとは言わず、みんないつまでも、いつまでもいてくれていいんだからね?」


 母さんは温かい笑顔で出迎えてくれた。

 きっと関東大震災の時もこんな感じだったのだろう。


 僕達は久し振りにお風呂に入り、母さんの用意してくれた温かいものを食べ、男女別々の部屋で温かい布団で寝て、幸せを噛み締めた。


 翌朝、ヒロに変な事を言われた。


「源次の部屋に、使わないノートあったりせえへん?」


 ノートを渡した時に何に使うか聞いてみたが……「秘密じゃ」と教えてくれなかった。


 浩くんは4月から僕が昔、通っていた小学校に通うことになった。

 僕達の火傷が回復するのと比例するように、純子ちゃん達も元気を取り戻していった。

 純子ちゃんはお風呂に入ると、いつも色んな童謡を歌っていて……本当に歌が好きなんだなと思った。

 そんなある日、庭にいた僕は偶然、部屋にいたヒロと純子ちゃん達の会話を盗み聞きしてしまった。


「ほんまに風呂まで入れさしてもろて、ありがたいのう……思い出したけど初めて風呂に入る前のお前……頭くさいし真っ黒でヤマンバみたいやったわ」


「アハハハハハもう光ちゃんてば、やだ〜ひどいわ、でも本当に何もかもありがたい……それに、こんなに笑ったのは久し振り」


「ほんまやな、久し振りにお前の笑顔見たけど……やっぱりキレイや」


「やめてよ……からかわないで?」


「そうやって笑っててくれ……その笑顔のためなら、俺はいくらだって頑張れる……お前らが幸せに生きられる世の中になるんなら……命をかける甲斐があるわ」


「……光ちゃん、お願い……百里原にはもう行かないで」


「そないなわけには、いかへんやろ……無断脱走は銃殺刑や……源次に言うといてくれ、『あいつは火傷が悪化した〜』とか俺が上官にうまい事言うとくから治っても戻ってくるなって」


「もし行ったとしても必ず帰ってきて! 帰ってくるって約束してくれないなら……『行ってらっしゃい』は言えないわ……」


 あっという間に3月末になり、先に火傷が回復したヒロが百里原に戻る日になった。


「いや〜幸せな時間はあっという間に過ぎるっちゅうんわ、ほんまやったわ〜えろう世話になって、源次ほんまおおきにな! それから純子、俺が必ず静子おばさんの敵とったるからな!」


「そんなの……いいよ……」


「こちらこそ色々手伝ってもらってありがとね……僕も後から行くから、また向こうでな」


「弘兄ちゃん、行かないで……」


「浩も元気でな……あと純子、コレ……なんと、初めて書いたラブレターや〜誕生日まで絶対、開けるんやないで~ほな、行ってくる!」


「…………」


 ヒロの乗った電車は出発しようとしていた。


「純子ちゃん? 純子ちゃん! ヒロに何も言わなくていいの?」


ガタンガタンガタンガタン……


 ヒロが完全に去ってしまった後に振り返ると、純子ちゃんはポロポロ泣いていた。


「どうしよう源次さん……光ちゃんに何も言えなかった……本当は言いたい事、沢山あったのに……もっと行かないでって言えばよかったのに……全然伝えられなかった……」


「大丈夫! 僕が合流したら上手い事やって、絶対あいつを連れて帰ってくるから!」


 やっぱり純子ちゃんはヒロの事が好きなのだろう……冗談で誤魔化していたがヒロの手紙には多分プロポーズの言葉が書いてあるのでは……

 こんな両思いの二人を戦争のせいで引き離してはいけない、と強く思った。


「ありがとう……私、源次さんといるとなんか安心する……なんていうかこう、心の中があったかくなるの……私きっと…………ううん、何でもない」


 浩くんとお風呂に入っている時、ヒロが先に行った寂しさと自分の不甲斐なさに落ち込み「こんな僕だけ残ってごめんね」と溜息をついた。


「源兄ちゃんてさ、本当にニブイよな……あと兄ちゃん達ってさ、お揃い多いよね? お揃いのペン、お揃いのウサギ、お揃いのマフラー、それから背中も……」


「背中?」


「弘兄ちゃんは右に火傷の跡があって、源兄ちゃんは左に火傷の跡がある……僕にはそれが翼に見えるよ? どんなピンチも助けてくれるヒーローの翼……二人合わせると大きな翼になるでしょ? だから僕にとっては、二人ともヒーローだよ?」


 僕は浩くんの言葉に感動して……お風呂の中で少し泣いた。


 4月1日になり、小学校に通い始めた浩くんは……


「源兄ちゃんありがとう! 源兄ちゃんに貰った誕生日祝いの長門のメンコのおかげで沢山友達ができたんだ! 女の子の友達もできたよ? 安子やすこちゃんていうの!」


 4月2日にはもう、友達と約束をしているからと学校に遊びに行った。

 夕方、純子ちゃんと一緒に迎えに行くと……


「今日ね、安子ちゃんと約束したんだ! 校庭の桜、寒いからまだ咲いてないけど咲いたらお花見しようねって」


「よかったね! 楽しみだね〜」


「姉ちゃ〜ん、『夕焼け小焼け』歌って〜姉ちゃんの歌、聞きたいんだ」


「も〜しょうがないな〜」


 僕達は純子ちゃんの『夕焼け小焼け』を聞きながら、浩くんを真ん中に三人で手を繋いで家に帰った。

 三人で見上げた夕日は、今まで見た中で一番キレイで……本当に……本当にキレイな夕焼けだった。

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