第38話〈残酷な現実〉後半
講堂には被害状況を目の当たりにして帰る所のない人々が続々戻ってきた。
耳にするのは酷い話ばかりで……
至る所で巨大な火災旋風が発生し、主な通りは軒並み「火の粉の川」と化して炎に巻かれて焼死、炎に酸素を奪われて窒息死……
川の水面は焼夷弾の油に引火した「燃える川」と化して、隅田川・荒川放水路等は焼死・溺死・冷たい水による凍死者が川面にあふれていたそうだ。
両国橋の被害も凄かったが、
関東大震災の教訓を活かして作られた幅の広い鉄の橋だったのに、大震災で起きた時と同じ悲劇が繰り返されてしまった。
中には銀行に逃げ込み、煙は下にいくからと地下室ではなく1階に留まって燃えやすいカーテンをはずし、皆で協力して消火しながら助かった人もいたそうだが……
避難場所に指定されたあるビルの地下に詰めかけた人々は群衆雪崩で圧死、お寺に逃げこんで念仏をあげる者もいたが木造なので全焼……
防火用水に潜って助かった者、沸騰した防火用水に飛び込み命を失った者……
折り重なる焼け焦げた遺体の下で偶然生き残った者、川に飛び込み多くの人が飛び込んできたことにより溺死した者……
都内には色々な川があり川に逃げた人の大半は亡くなったが、たまたま通った船に引き上げられて助かった者もいて、全てが紙一重だった。
隅田川には毎日のように遺体が流れ、公園や小学校や動物園など広い場所には遺体の山ができた。
一箇所に山積みされて火葬され、通常の埋葬ができないので公園や寺院の境内などに穴を掘って仮埋葬がされた。
焼け野原の中でも銀座の和光ビルは焼け残って……下町からも見えたという時計塔は「戦火を乗り越えた希望の象徴」になったという。
「東京大空襲」では一夜にして10万人以上の命が失われた。
東京の3分の1以上が焼けて、負傷者は15万人以上、損害家屋は27万戸以上にのぼり100万人もの人が家を失った。
疎開で地方にいた者も卒業式のためなどで東京にいた者も多く……
空襲警報が遅れたこと、北風や西風の強風による延焼、小学校・地下室・公園などの避難所も火災に襲われたこと、踏みとどまって消火しろとの指導で逃げ遅れたことなど様々な要因があるが……
単独の空襲による犠牲者数が歴史上過去最大で、まるで「東京大虐殺」だった。
米軍の中には「民間人の被害が多く出るのでは」と意義を唱える者もいたが、司令官は「軍事産業の労働者だからよい」と一蹴し断行されたそうだ。
3月10日の夜の首相ラジオ演説は「空襲に耐えることこそ勝利の近道、一時の不幸に屈することなく聖戦の達成への邁進を切望する」とのことで……
「敵のビラを届け出ずに所持した者は最大で懲役2ヵ月に処する」という命令を定めた。
空襲による悲惨な本当の被害実態はラジオや新聞で報道されず……「被害は僅少」という大本営発表が報じられた。
皆が何も言えない中で「消防は二の次で、逃げるのが一番よいと思う!」と反論する議員がいたのが唯一の希望だった。
地獄のような惨状の中でも人々は助け合い……食べ物を求める人と貴重な食糧を分け合ったり、寒い中で服や靴を失った人に服や靴を手渡す姿も見られた。
落ち着いた頃に皆で僕のアパートの方に行ってみると……幸いにもなんとか焼け残っていた。
近くの大学病院で火傷を診てもらったら、ヒロが全治3週間で僕が全治1ヶ月位とのことで……
それをヒロが百里原に連絡したところ、火傷の療養を行い治った後に合流するようにとのことだった。
「あのさ……火傷が治るまで暫く僕の実家にみんなで住まない? アパートじゃ狭いし、妹に似てる純子ちゃんや気に入ってるヒロ達が来たら母さんも喜ぶだろうし」
「ありがたい話だけど、ご迷惑じゃない? でも妹さんもいらしたのね、私もお会いしたいわ」
「妹は西埼玉地震の時に亡くなったんだ……」
「えっ? そんな……ごめんなさい……」
「いいよいいよ、僕が言ってなかったんだし。ねえ浩くん……君が好きな軍艦と同じ地名だし、東京より安全な場所だよ? ヒロもそれが一番いいと思うだろ?」
「早う敵を取りたいとこやけど、こんな手じゃ操縦管が握られへんしな……すんまへんがお世話になります! それにしても、な~んにもなくなってもうたな~」
「なんにもじゃないよ? 姉ちゃんも僕も、弘兄ちゃんも源兄ちゃんも生き残ってる…………お母ちゃんは、お父ちゃんや姉ちゃんや僕の思いを守ってくれたんだよね? だったらこれからは僕が姉ちゃんを守るよ!」
浩くんは泣き腫らした目で両手を広げ、9歳とは思えない強い眼差しをしていた。
「浩ちゃんはすごいね…………昔から甘えたがりで私が子守唄歌わないと泣いてばかりだったのに………私より何倍も強い」
純子ちゃんは静かに涙を流しながら缶を大事そうにギュッと抱き締めて立ち上がった。
「行こう、みんなで! 源次さん、お世話になります!」
そう言ってお辞儀し、無理やり笑顔を見せようとする純子ちゃんの姿は……痛々しくて見ていられなかった。
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