第21話〈故郷の歌〉
僕達は2月1日に土浦海軍航空隊に入隊する前の休暇期間に帰省した。
朝早くに出発し、アパートに戻る前にヒロに誘われて久し振りに播磨屋に寄った。
まず、ヒロがガラっと戸を開けながら元気よく挨拶した。
「ただいま戻りました! 我等、横須賀海兵団での試験に無事合格し、土浦海軍航空隊に配属が決定致しました!」
二人揃って海軍で習った角度で敬礼すると……
「えっ、光ちゃんと源次さん? 嘘でしょ? おかえりなさい! 帰ってくるの、ずっと待ってたのよ?」
暖簾の奥から純子ちゃんが飛び出してきて、浩くんと静子おばさんも駆け寄ってきた。
「
「おかえりなさい! 二人とも立派になって……」
僕達は浩一おじさんの位牌に手を合わせた後、久し振りに昼食を共にした。
「連絡くれればよかったのに~丁度うちに大した物がなくて……お芋ばかりでごめんなさい」
「気にしなくて大丈夫だよ」
「それで海兵団での生活は、どうだったの?」
「いや~それが大変でな……」
僕達は訓練の内容や道中で起きた事を話し始めたが、修正やバッターの話をそのまますると心配されてしまうので「お仕置きケツが血ダルマ事件」と大げさに称して面白おかしく語った。
二人で「ケツが痛い~ケツが痛い~」と変な歩き方を実演したら、みんな大爆笑で……
僕は久し振りに純子ちゃんの笑った顔が見られて嬉しかった。
「それにしても光ちゃん達が土浦に行くことになるなんて……源次さんにも前に話したけれど、茨城にある神龍寺って土浦にあるのよ? 不思議な御縁だわ」
「ホントね……そうだわ! せっかく久し振りに会えたんだから、純子達三人でどこかに行ってきたら? 浩はお店、手伝ってね」
「え~? やだよ」
「本当に? 私、行きたい所があるの! 源次さんのおうち……光ちゃんは行った事あるけど、私は行ったことないんですもの」
「え、でも埃が溜まってて汚いだろうし……」
「じゃあ、お掃除するわ! それじゃ、二人とも早く案内して?」
「源兄ちゃんのウチなら僕いいや~いってらっしゃ~い」
僕は三人でアパートに向かう途中もドキドキで……着いて中に入ってからも、自分の部屋に女の子がいることが信じられなかった。
「わ~ここが源次さんのお部屋ね。素敵なお部屋〜さあ、お掃除するわよ?」
不在中に積もった埃だらけの部屋を、純子ちゃんは本当に一生懸命に掃除してくれて……僕達の10倍の働きで部屋は見違えるようにキレイになった。
「純子ちゃん本当にありがとう! お茶どうぞ、それと海兵団の卒業式で貰った紅白饅頭……アンコは余り入ってないそうだけど、純子ちゃんにあげたくて取って置いたんだ」
「ありがとう源次さん! お饅頭なんて久し振りだわ……いただきます」
そう言うと純子ちゃんは食べながら泣き出してしまった。
「美味しい……こんなに美味しいお饅頭初めて食べたわ……二人が帰ってきてくれて本当に嬉しい」
「大げさやな~それと、すまんな紅白饅頭……俺はその場で食べてしもて」
「いいのよ~その方が光ちゃんらしい! 海兵団での訓練、本当は毎日つらかったんじゃない? 同期に意地悪な人とかいなかった?」
「いいや教官は鬼みたいやったけど、同期はええ奴ばっかやで? それが面白い奴に出会ってな~あの三人で撮った写真見て、源次と純子が恋人かと聞いてきたんや」
「ブフォッ……えっ? ゴホゴホゴホ……な、何を言うのよ」
お茶を飲みながら吹き出してしまった純子ちゃんの顔は耳まで赤くなっていた。
多分むせたからだと思うが……
「そ、そう言えば漫画の感想まだ言ってなかったわよね。ありがとう、本当に感動した……驚いたわ、主人公が私が好きな坂本龍馬に似てるんですもの」
僕達が渡した漫画『未来を生きる君へ』は、坂本龍馬に似た主人公が飛行機に乗って空を飛び、時を超えて様々な困難に立ち向かって人々を苦しみから救う物語だった。
「特殊な飛行機?……で過去にも未来にも行けるなんて素敵! 過去で昔の仲間を救う話も感動したけど、未来の病院で出会う宗像先生と親友になる話も感動したわ」
「そ、その先生は僕の尊敬する緒方洪南先生がモデルなんだ」
「謎解きも面白かったけど、何と言っても主人公の最後の台詞……一番感動して何度も泣いて、この言葉を全国の人に伝えたいって思った」
「あれはヒロが考えた台詞なんだ! 僕は変える事も提案したんだけど、どうしてもこれがいいからって……な、ヒロ?」
ヒロは純子ちゃんに褒められて嬉しくて堪らないはずなのに、ソッポを向いてすましていた。
相変わらず素直じゃないやつだ……
「二人ともありがとう! お礼にウサギが出てくる歌を歌います! 離れていても私の歌、思い出してね?」
そう言うと純子ちゃんは、歌詞の最初にウサギが出てくる『故郷』の歌を歌ってくれた。
いつものように天使が舞い降りたような歌声だったが……
歌っている途中、珍しく何度も声が震えていた。
~~~~~~~~~~
うさぎ追いし かの山
小鮒つりし かの川
夢は今も めぐりて
忘れがたき 故郷
いかにいます 父母
雨に風に つけても
思いいずる 故郷
こころざしを 果たして
いつの日にか 帰らん
山は青き 故郷
水は清き 故郷
~~~~~~~~~~
純子ちゃんは泣くのを我慢しながら、立派に最後まで歌いきった。
僕も泣きそうになったが、必死に我慢した。
「純子ちゃん、ありがとう。向こうに行ってもこの歌を思い出して頑張るよ! 『故郷』は本当にいい歌だよね……日本人の心に染みるっていうか……」
「本当よね……この歌の作詞をしたのは源次さんと同じ名字の高田さんていうのよ? 作曲は岡田さん……て、光ちゃん大丈夫?」
ヒロはずっと下を向いていて、暫くなぜか大人しかったが……
突然顔を上げたと思ったら、珍しく号泣していた。
ヒロが泣いたのを見たのは、これが初めてだった。
「純子~! ほんまにありがとう~! なんや嬉しくて何かが込み上げて来て……天国に行きかけたわ」
「いやダメじゃない……行かないで、天国」
「ブッ……アッハッハッハ、二人の夫婦漫才、久し振りに見たよ」
「夫婦ちゃうわ~」「夫婦じゃない~」
僕達三人は本当に久し振りに心から笑った。
それから珍しくヒロが標準語になって……
「手紙書くよ……必ず」
「本当? 筆不精だから信じられないわ~年賀状出すのも面倒臭がってたじゃない」
「いいや必ず送る……楽しみに待っとけ」
「ヒロって真剣に何か言う時だけ標準語になるよね~僕も送るね? あと純子ちゃん、本当にありがとう……今の歌を聞いて決めたよ。土浦に向かう途中で母さんに会ってくる」
「二人とも行ってらっしゃい! 必ず帰ってきてね? 帰ってきたらウサギの人形達も一緒に、揃って三人でまた写真を撮りましょう?」
前回と同じように御茶ノ水駅で見送られた僕達二人は、土浦に向かう途中の駅で降りて埼玉の僕の実家に向かい……帰るなりヒロの事を「親友」と紹介すると、母さんは本当に嬉しそうに笑った。
相変わらず人たらしのヒロは母さんとすぐに仲良くなって、母さんはヒロのくだらない冗談に大笑いしていた。
母さんのそんな顔を見るのは本当に久し振りだった。
僕達は平井くんと待ち合わせをして三人で土浦海軍航空隊の門をくぐった。
その先にどんな過酷な運命が待ち受けているのかも知らずに……
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