第22話〈土浦海軍航空隊〉

 各海兵団から選ばれた3300名は第14期飛行専修予備学生となり、要務専修者は鹿児島航空隊へ、飛行専修者は土浦・三重の航空隊に分けられたが……僕達は土浦海軍航空隊に入隊した。

 2月1日、土浦海軍航空隊の隊門を入ると自分の所属する分隊や班が書かれた名簿があり……幸いなことに三人でまた同じ班になった。

 支給されたネイビーブルーの海軍士官服に着替えて腰に短剣の付いたベルトを巻き付けた時は思わず感激してしまった。

 ヒロは「憧れの七つボタンがない~」と映画に出ていた土浦の予科練生の制服と違うと知りボヤいていたが……


 土浦ではいきなり本物の飛行機に乗れるという訳ではなく、4ヶ月間の基礎訓練を受けたのちにシミュレーターなどの適性検査で操縦・偵察・要務に分けられて中間練習機教程の配属先が決まる。


 出征した時はもう帰れないと思っていたが、海兵団卒業の後に一度帰れたことから純子ちゃんも僕も航空隊の訓練が終わればまた帰れるのでは……もしかしたら訓練中に戦争が終わるようなことがあれば、と微かな希望を抱いていたが……

 その淡い期待は一番偉い分隊長の最初の挨拶で一瞬にして打ち砕かれた。


「貴様達が来るのを待っていた! 最初にはっきり言っておく……お前達には全員、死んでもらう! 敵は南太平洋において反撃を開始しておるが、豊富な物量に対抗せするには死してのちむの精神で取り組まねばならぬ! 今後は海軍士官たる誇りを持って邁進せよ!」


 土浦航空隊での生活は朝の「総員起し」に始まり、夜の「吊床つりどこおろせ」に終わるが、全て駆け足で歩くことは許されず……


 一日のうちで必ず行われるハンモックの吊床訓練も各班対抗で、「かかれ!」の号令に始まり一番最後になった班には「お前達はやる気があるのか!」と班長からの鉄拳が飛んだ。


 軍歌演習の他に身体を鍛えるために相撲や武術、一万メートル駆け足や闘球、マット体操や通称カッターの短艇など……

 座学は数学や気象学や物理学、航法や飛行理論や力学など……

 モールス・無線電信・手旗信号訓練や実技も座学にも全てに試験があり、手相と骨相まで診られた。


 分隊士からの指導は厳しく、海兵団の時と同様で修正と称される鉄拳制裁をしばしば受けた。

 教える下士官の中には意地悪な者もいて、手旗の練習の時に両手を挙げた「ハ」の字の姿勢のままでわざと長々と説教をする者もいた。


 ヒロは理想が高かった分、余計に現実との差がショックだったようで……「ここでもバッターか……たしか『決戦のあの空へ』では体調を崩した班員を心配して寝ずについててくれる班長がおったけど、えらい違いやな」とボヤいていた。


 毎週土曜日の午後は、棒倒しの行事があり……分隊ごとの対抗で、訓練に負けると夕食が抜きになり本当にきつかった。


 異性との通信も禁じられていて、純子ちゃんが心配して送ってくれた葉書は受け取る時に検閲され、一生懸命書き込んでくれたであろう文章は墨で黒く塗り潰されていた。


「これじゃ全然読めないよな?」


 吊り床の中で横になった時に聞こえてくる毎日の巡検ラッパは、一日を終えた安心感からか何だか切ない気持ちになるが……今日はいつにも増して涙が出そうになった。


 そんな中でも同じ班内で、驚くような新たな出会いが初日にあった。

 隊や班ごとに分けられて並んでいる中で、色黒で運動神経がよさそう且つ親しみやすそうな、僕が末だに慣れない「俺と貴様」呼びをサラリと使いこなす青年がいた。


「同じ班になれて嬉しいよ! 俺の名前は坂本わたる。よろしくな! 貴様の名前は?」


「俺の名前は篠田弘光や」


「お、俺は高田源次です」


「平井隆之介です。よろしくお願いします」


「よろしゅう頼んます、坂本くん?……て漢字は? 坂本龍馬の坂本か? どこの出身なんや? もしかして坂本龍馬の子孫だったりせぇへんか?」


「ごめんね……こいつ高知出身で坂本龍馬には目が無くて……」


「因みに源次は坂本龍馬と同じ誕生日なんやで~」


「アッハッハッハ貴様ら面白いヤツだな~坂本龍馬の坂本だよ。慶應義塾大学の出身で陸上部主将だったんだ。貴様達三人は同じ大学出身か?」


「いや僕だけ違う大学で……」


「俺と源次は立教の文学部で……って慶應陸上部主将?……ってことは去年の箱根駅伝……」


「10区を走ったよ。主将だからな」


「やっぱり~どこかで会うた気がしたんじゃ~箱根駅伝、わしも出とったんじゃ!」


「もしかして立教で区間賞をとった、あの篠田か?」


「2日目のゴールわしらも応援しに行って見とったんじゃ~ほうか、あの時走っとったんはおまんじゃったか~」


「ヒロってほんと、興奮すると高知弁になるよね」


「箱根駅伝、僕も見ました! たしか慶應は2位で立教は6位でしたよね? それに出ていたお二人が今こうして出会うなんて本当にすごいです!」


 いつもは冷静な平井くんまでもが興奮気味になっていた。


「そうか、貴様たちもあの群衆の中にいてくれていたとは……こうして今、四人が出会えたのは運命だ……」


「ほんとヒロに誘われて行ったけど、坂本くんも平井くんも同じ場所にいたなんて……不思議だよね」


「あの時ゴールできたのは沢山の応援の声が力になったからなんだ。つまり貴様たちのおかげだよ、本当にありがとう!」

 

 坂本くんは一瞬で僕達の大切な仲間になった。


 3月になってようやく外出を許されたが、行動範囲は土浦周辺に限られていた。

 しかしそこで僕達は………坂本くんに導かれた場所に行った僕達には、新たな運命的な出会いが待っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る