第20話〈海軍入隊〜希望の空へ〜〉

 1943年12月10日は海軍の入隊式だった。

 学徒出陣の対象の学生は海軍に入ると最初は海兵団で二等水兵になり、新兵教育を行う海兵団練習部では飛行科かそれ以外かにまず分けられた。

 航空隊希望の者は約2か月後までに飛行予備学生の試験と発表があるが……


 学徒出陣の学生が14期予備学生になるのだが、13期までは自分から志願した学生が含まれる一方で14期は仕方なく入隊した者が多いためか、教官からの当たりは特にきつかった。


 入隊式で海兵団長から開口一番、厳しい宣告があった。


「貴様たちは日本が大変な時に徴兵検査を免除され、娑婆でのうのうと遊んでおった腰抜けだ! 自由主義者の貴様らの精神をたたき直してやる!」


 紺色の水兵服と黒い水兵帽が支給されて、ヒロにとっては憧れの海軍生活が始まったが……班に分けられた先の教班の分隊長も厳しい人だった。


 教班長が去ってから、荷物の整理を始めた僕達は……やっと落ち着いて会話をすることができた。


「いや~初日から盛大にお灸を据えられるとは、これから大変やな……ちなみに陸軍は12月1日が入営の日だったらしいで」


「陸軍じゃなくて海軍でよかったよ~その日は妹の純奈の誕生日なんだ」


 すると隣にいた同じ班の学生が話しかけて来た。


「うちは学徒出陣壮行会の日が家族の誕生日だったんで、なんとも言えない気持ちになりましたよ」


「それはまた辛いよね……君、名前は?」


「平井隆之介と申します」


 平井くんは人懐っこい笑顔が印象的な青年で……背は少し低めだが、頭のよさそうな人だった。


「平井くんか、これからよろしゅうたのむわ~ちなみにこいつの名前は……」


「僕は高田源次で、こっちは親友の篠田弘光! 同じ班になったのも何かの縁だし、よろしくね!」


 僕達は持ち物に書いていた名前を見せながら自己紹介をした。


「弘光、源次……お二人の名前って合わせると光源次ひかるげんじになりますね! 僕、『源氏物語』好きなんです」


「ほんまか? 実は俺ら立教大学の文学部出身でな」


「ほ、本当ですか? もしかしたら、すれ違ってたかもしれないです……かなりの確率で……」


「本当? 君も立教出身なの?」


「いや、大学は違うんですけど……住んでる場所が……」


「もしかして池袋周辺? だったらすれ違ってたかもね」


「周辺というか……」


「しもた! 純子がくれたお守り入ってへん……」


 鞄を整理していたヒロが青ざめていた。


「ええ? 無くさないようにって鞄の一番下に入れてたじゃないか」


「そうか………………ほんまや……あったわ~」


「まったく……写真も持ってきた? 僕はこの通り手帳に挟んで持ってきたよ」


 僕達のやり取りを聞いていた平井くんは……


「あの、スミコさんというのは?」


「ああ、この子だよ。出征前に一緒に撮ろうと無理やり並ばされて撮った写真だけど……」


「綺麗な方ですね……この方は高田さんの恋人ですか?」


「ち、違うよ~ヒロの方が余程お似合いじゃないか~ど、どうしてそう思ったの?」


「女性は自分の左側に真に想う者を立たせると聞いたことがあるので」


「え、本当に?」


「そんな訳あるかい~たまたまやろ? こいつは俺の……」


「篠田さんの恋人でしたか~それは大変失礼致しました。すみません、心理学科にいたもので、つい色々と分析してしまって……」


「い、いや違うて、こいつは……」


「では従兄妹か再従兄妹ですか? どことなく親族とお見受けしましたが、先程お似合いと申されていたので結婚できる可能性のある……」


「正解、従兄妹だよ~平井くんすごいね! 僕は最初、恋人と間違えたけどね」


「なんやよう知らんけど明智探偵みたいな奴やな……にしても純子のお守り見つかってホンマによかったわ~写真はこの通りポケットの中にあるで?」


「そんな所に入れたら曲がらない? でも僕もそこにしようかな〜」


「お二人とも、この方が好きなのですね」


「違うわい」「違うよ~」


 僕達は二人して平井くんの発言に焦ってしまった。


 平井くんは手先が器用で、訓練の空き時間に父親に習ったという手品を披露してくれた。

 そんな風に息抜きできる時間は限られている程、横須賀海兵団での訓練は厳しくて……


「映画で観た時は憧れとったけど、ハンモックで寝るのはきついのう……よう寝られへんわ」


「僕は呼び方を『貴様』と『俺』って言うのが慣れそうにないよ」


 海兵団の訓練は、敬礼の練習から始まり水泳や相撲の教練、伝令訓練や辻堂演習、座学は数学・物理などで学術試験もあった。

 陸戦訓練の駆け足では猛烈なスピードを要求され、通信教育では手旗やモールス信号などを短期間で覚えねばならなかった。


 海軍は軍隊内で英語も使われていて知的な雰囲気があったが、陸軍よりはマシだと聞いていたのに厳しい制裁があり……


 教班長の理不尽な行いに口ごたえをするような事があれば「修正する」と殴られ、口の中が切れて食事をするのも一苦労だった。


「馬鹿野郎! 貴様それでも軍人か! 軍人魂を教えてやるから部屋に来い!」


 教班長は気に入らない事があると「修正だ」と言って呼び出しを行い……

 通称バッターと呼ばれた野球のバットの親玉の様なゴツい軍人精神注入棒で尻を叩かれた。

 一発で吹っとぶ位、歯が抜けそうになる位痛いのに何発も何十発も叩かれた。


 海軍は、もし戦艦などに乗った場合に備えてか、閉鎖的な環境で感染症などが流行らないよう予防するため衛生管理にも厳しくて、雑巾がけなどの掃除が遅いとすぐバッターがあり……

 叩かれると一週間位内出血のアザが残るが、治らないうちにまた叩かれて座るのもしゃがむのも痛いので、ヒョコヒョコと変な歩き方で厠から出てくる者が多かった。


 カッター漕といわれる短漕ぎ訓練では、長いボートを12本のオールで集団で漕ぎ続けて競争させられるので、手にマメができるわ、只でさえ痛いおしりが真っ赤にこすれるわで更に辛かった。


 飛行科の採用試験では筆記と面接の試験が2日間かけて行われ、不合格となったものは二等水兵として残ることになるからヒロも僕も必死で勉強した。


 身体適性検査もあって、その場でぐるぐる回された後に瞬時に止まれるかどうか……回された直後でも方向感覚が麻痺していないかなど、飛行機乗りとして必要な三半器管の丈夫さが確かめられた。


 平井くんも航空隊志望で、努力の甲斐あってか僕達三人は無事合格した。


「ふむ、貴様は誕生日が11月15日なのか……土浦航空隊の開隊も11月15日だから、お前達は土浦の所属にしてやる」


「あ、ありがとうございます!」


 そうして不思議な偶然の縁で所属が決まった。


「やった~源次の誕生日さまさまや~土浦言うたら『決戦のあの空へ』の舞台やで! 映画の中に入り込める気分やわ」


 僕達の所属は、映画に撮影協力をしていた土浦になった。

 1944年2月に僕達は土浦海軍航空隊に入隊することになり、ヒロや平井くんとまた一緒に過ごせる事だけは純粋に嬉しかった。

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