第15話〈最高の贈り物〉

 岩本さんを見送った後、入れ違うようにさっきまでいなかった三人が帰ってきた。

 浩くんがヒロと純子ちゃんの真ん中で嬉しそうに手を振りながら歩いてくる。


「ただいま~お母ちゃんの誕生日のお祝い見つかったんだよ~お父ちゃんも5月生まれだからお揃いの……」


「そ、それは秘密の約束じゃろ?」


「あ~あ、浩ちゃんは口軽いんだから」


 明るい三人に心配をかけまいと思ったのか……静子おばさんは作り笑顔で絞り出すような声で言った。


「お父ちゃん……帰ってきたよ」


「本当?」「本当に?」「ほんまか?」


 静子おばさんの言葉を聞いて三人とも駆け込むように播磨屋に入り、2階と1階を隅々まで探してキョロキョロしている。


「お父ちゃんどこ? どこにもいないよ?」


「……ここにいるよ」


 静子おばさんは箱を開けながら三人の前に差し出した。


「何これ? 小さい石と……星?」


 箱の中を覗き込むと、三人には石のように見えた小指の骨と、丁寧に包まれた綺麗な紙の中に古ぼけた正帽の星が入っていた。


「お父ちゃんの骨と正帽の星だよ……お父ちゃんは立派に散華されたそうで先程届けて下さったの」


 その瞬間……三人の表情が固まった。


「嘘……嘘だよね? お父ちゃんは帰ってくるんだよね? 必ず帰ってくるって言ったじゃないか!」


「浩……お父ちゃんは……」


「お母ちゃんの嘘つき! お母ちゃんなんか嫌いだ!」


 浩くんは泣きながら2階に駆け上がってしまった。

 純子ちゃんは呆然とした表情でその場で崩れ落ちそうになり、隣にいたヒロがそれを支えてなんとか立っていた。


「おばさん……ほんまなんですか?」


「本当よ……ガダルカナル島で同じ隊にいた方が来て下さって……それで……」


 そう言いながらふらついた静子おばさんは隣にいた僕が支えた。


 二人を奥の部屋に案内して念のため布団を敷くと、そのまま二人とも寝込んでしまった。


「源次……すまんが色々手作ってもらえんか? 今日泊まっていき」


「もちろんだよ」


 ヒロが夕食を作ると言うので2階に行くと、浩くんはお父さんに貰った誕生日プレゼントのブリキ船の長門を抱いて布団の中で泣き続けていた。

 僕は添い寝をしながら布団を擦ることしか出来なくて……まだこんなに小さいのに親を失って悲しんでいる子に何もできない自分が悔しかった。


「お父ちゃん……お父ちゃ……」


 いつの間にか寝てしまった浩くんの目蓋は涙で真っ赤に腫れていた。


 寝顔を見届けた後でヒロを手作うため下に降り、二人で簡単な夕食を作って寝ている三人の元に運び、僕とヒロで先に食べようとしたが二人とも食欲がなくて御膳を台所に下げた。


 いつも夕食を食べているらしい時間になっても三人は起きることはなく、純子ちゃんと静子おばさんは泣く様子もなく黙って天井を見つめていた。

 純子ちゃんは箱を抱えて、静子おばさんは星を握り締めて……

 本当につらい時は涙も出ないのだろうかと二人の様子が余計に心配になった。

  

 その事をヒロに相談しながら浩くんを挟んで川の字で寝ようとしたら、丁度目が冷めたようで……

 一緒に来てと言うので三人で下に行った。


 浩くんは、純子ちゃんと静子おばさんの布団の横に正座すると……


「お母ちゃん? さっきはごめん……僕、本当はね……今日お母ちゃんにお父ちゃんとお揃いのお祝いを渡して誕生日おめでとうって言いたかったの……お母ちゃんもお父ちゃんも大好きだよって言おうとしてたのに反対の事言っちゃってごめん」


「いいのよ浩……浩は何も悪くない」


「さっきね、夢を見たの……お父ちゃん言ってたよ? いつでもそばにいるって……星から見守ってるんだって」


「私も小さい時お父ちゃんに教えてもらったわ……お父ちゃんのお父ちゃんも北極星にいて、どんなに時が経ってもずっと同じ場所から見守ってるんだって」


「だからね……お母ちゃんは一人じゃないよ? 姉ちゃんもさ……僕がいるよ? 僕、絶対お母ちゃん達を守れる強い男になるよ! だからね……泣いてもいいんだよ?」


 家族を守ろうとする小さな背中は、頼もしい勇者に見えた。


「浩ちゃん!」「浩!」


 純子ちゃんと静子おばさんは、浩くんを強く抱き締めながら、いつの間にか泣いていた。


「あり……がと……まさか浩ちゃんに、教えてもらうなんてな……いつまでも、いつまでも見守ってるって昔お父ちゃん言ってたよね……お星さまにした願いは、いつか必ず届くんだって」


「あり……がとね浩、大事な事を教えてくれて……おかげで思い出したよ……たとえ距離が離ればなれになっても、心はずっとそばにいるから結婚して下さいって言ってくれた時のお父ちゃんを……」


「戦争に行く前に『必ず帰る』と指切りげんまんで約束した通り、お父ちゃんはこうやって帰ってきてくれた……」


「お父ちゃんは、ちゃんと……あんたたちの中に生きてるんだねぇ……あんたたちがお父ちゃんからの最高の贈り物だよ」


 そういうと、静子おばさんはしっかりと浩一さんの忘れ形見である二人を抱き締めた。


「弘光さんも高田さんも色々ありがとね……そうだ、仏壇の位牌の中に空洞があるからお父ちゃんの骨とお星さまはそこに入れましょうか」


「賛成~それならお父ちゃんとずっと一緒にいられるね」


「そうだ! はい……これ遅くなっちゃったけど、お揃いのお茶碗……お母ちゃんもお父ちゃんも誕生日おめでとう! これで一緒にごはん食べよう?」


 僕達はそれからみんなで夕食を食べた。

 お揃いで色違いのお茶碗をちゃぶ台に並べて、浩一おじさんのお茶碗にもご飯をよそって……

 おじさんの思い出話に時には泣きながら、時には笑いながら……


 僕はアルバムの写真を見ただけで浩一おじさんには会ったことはないが……まるで食卓に一緒にいるような気がした。

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