第14話〈ガダルカナル島からの手紙〉後半

「失礼致します。宮本浩一隊長の奥様であられます、宮本静子殿はご在宅でいらっしゃいますでしょうか? わたくし宮本隊長と同じ隊で大変お世話になりました岩本と申しますが……本日はご報告とお届けしたい物があって参りました」


「はい、宮本静子は私ですが?」


 厨房の奥から静子おばさんが出てくると、その兵隊さんは敬礼をしながらこう続けた。


「宮本隊長は…………ガダルカナル島で立派に散華されました。 こちら渡すよう頼まれておりました、正帽の星と少しですが遺骨になります」


「えっ? あの、何かの間違いじゃ……確かガダルカナル島からは転進……」


「大変……申し訳ありません! 自分のせいで宮本隊長は……本当はご家族に顔向けできる立場ではないのですが、宮本隊長との約束を果たすために参りました!」


 岩本さんは扉を閉めた後、そう言いながら店の中で土下座をした。

 外から見聞きされないよう配慮したようだった。


「どういう事なんですか? こちらでお話お伺いします」


 静子おばさんはお店の暖簾を急いでしまい、兵隊さんを奥の部屋に案内した。

 岩本さんは、お茶を一口飲むと堰を切ったように話し始めた。


「取り乱して申し訳ありません……宮本隊長には名字が似ているからか大変可愛いがっていただきまして、宮本隊長は皆にとって憧れの存在でありました。ガダルカナル島で皆が飢餓や病気で戦う力もなく死んでいく中、隊長は立派な最期を迎えられて多くの者の希望の存在になりました」


「そうですか……あの人に何があったのか、どんな最期だったのか……教えてもらえますか?」


 静子おばさんは取り乱す様子もなく、静かに問いかけていたが……それが余計に痛々しかった。


「ガダルカナル島に撤退命令が出て、海に向かう途中のジャングルの中でした……米軍による銃弾の雨の中、立つ力もなく隊の皆のように壕を掘れないで木の根元に身を寄せていたら、宮本隊長が『俺の掘った壕に入れ』と私を引きずり入れて下さったんです」


「そうですか……相変わらず優しい人」


「でも代わりに自分は壕の外に出てしまわれた……その直後に銃撃があり、我々の隊を守るようにして宮本隊長は…………意識は暫くあったんです、でも出血が……止まらなくて……」


 岩本さんは泣きながら続けた。


「自分の正帽を差し出して『星を切り取ってくれ』と……『お守りだ、お前は生きて帰れ』と……そして『生き残ったら、必ず家族に渡してくれ、約束だ』とおっしゃられました」


「それから『小指の先を切って骨を持ち帰ってくれ』と……あの島に行って遺骨を持ち帰るのは不可能に近かったんですが、奥さんと生きて帰ると約束したから……『せめて指切りげんまんをした小指だけでも帰らないと怒られる』と……最期に奥様やご家族を思い出されたのか、とても穏やかな笑顔でした」


 箱を差し出すと同時に中の骨が揺れたのか、カランという音が聞こえた。


「そのまま置き去りにされるご遺体が多い中、簡易的ではありますが埋葬し皆が別れを惜しみました……『必ず生き残れ、それが最後の命令だ』という隊長の言葉が今でも耳に残っています」


「恥ずかしながら戻って参りましたが、自分は約束があるから生きて帰ることができました……宮本隊長のおかげで命拾いをした者が沢山いるんです」


「そうですか……それはよかった」


「志半ばで最期を迎え、必ず届けると約束した大勢の遺書は……カバンに入れて大事に持ち帰ってきたのに入国時の検査に引っかかり、全て軍に取り上げられました……今の日本はおかしいです」


「せめて隊長の遺品だけは守ろうと必死で……なんとか持ち帰れて本当によかった。ガダルカナル島から届けられなかった沢山の手紙の代わりに、宮本隊長の遺品を届けることが僕の生きる目標でした」


「2月に撤退した後にブーゲンビル島に移ったのですが、送還命令が出たのが5月になってからでご報告が遅くなり大変申し訳ありません……本当に、本当にありがとうございました!」


「こちらこそ、大事な大事な遺品を……皆さんの想いがつまった届けられなかった手紙の分まで届けて頂き、ありがとうございました。岩本さん……岩本さんは主人の分まで長生きして下さいね」


 涙も見せずにそう告げて、岩本さんが去っていくのを手を振りながら見送る静子おばさんの後ろ姿からは、バラバラになっていく心の……声にならない悲鳴が聞こえた気がした。

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